第十二話 公爵の目的
「状況説明をする前に、着替えても構わないかな?」
「「「「もちろんですともっ」」」」
にっこりと笑いながら問うハーランド公爵に向かって、ニッケル男爵家の大人たちは声を揃えて答えた。
(埃をかぶっていた間仕切りが、こんな所で役に立つとはっ!)
アデリアは間仕切り板に背を向けながら、赤く火照る頬をおさえた。
侍従ティンドルの持っていた大きなトランクにハーランド公爵の着替えも入っていたようで、血まみれの服から着替えることができたのだ。
(我が家にお貸しできるような服はないし。ハーランド公爵さまが、お兄さまよりも大きいなんて知らなかったぁ~。細身に見えたのは、身長が高いからだったのかぁ)
遠くから眺めるくらいしかできなかったハーランド公爵が自分の家にいて、しかも着替えているとなると興奮するなというほうが無理だとアデリアは思った。
(アレ? でも、ハーランド公爵さまって、持って生まれた魔力量が物凄くて、魔法を使うのも上手だったような……?)
魔力量の多さは、強さと比例する。
魔法を使うのが得意で、魔力量も多ければ、魔獣を倒すことも可能だ。
(御自分で魔獣を倒さなかったのは、何故かなぁ? 怪我がないから、防御シールドを張ることは出来たはずだけど。あぁ、でもそんなことはどうでもいいっ。あの間仕切り板の向こうで、公爵さまが服を……きゃぁ!)
アデリアの心をざわつかせたハーランド公爵の着替えが終わり、一同が椅子に腰を下ろして落ち着いたところでサミルが切り出した。
「で、キリル・ハーランド公爵さま。何故こんな所へいらしたのですか?」
(いや、お父さま。こんな所って……確かにニッケル男爵領には何もないけど、王都から一山超えたらすぐなんですけど⁉)
アデリアは、心の中で突っ込む。
だが、ハーランド公爵の返事は、アデリアの想像もしないものだった。
「ん、アデリア嬢に、婚約を申し込もうと思ってね」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ⁉」
思わず変な声を上げてしまったアデリアだが、他の家族も似たり寄ったりの声を上げた。
ひとりご機嫌でお絵かきをしているソフィアだけが無反応だった。
ハーランド公爵はニッケル男爵家の大人たちの反応に気を悪くすることなく、美しく整った顔に笑みを浮かべて説明を続けた。
「ニッケル男爵領がどんなところか見てから検討し、こちらのお家がどんな雰囲気か見てから、正式に決めようと思ったのだけれど。助けてもらっちゃったし、領地経営も頑張ってるようだし、家族仲もよさそうで良い感じだから応援したい。だから……ねぇ、アデリア嬢。私と婚約しない?」
「……は?」
アデリアは呆気にとられて口を開けたまま、ハーランド公爵を見つめた。
(えーと……美しいけれど、この方、頭のほうは大丈夫?)
魅力的な貴族男性から婚約を申し込まれた年頃の貴族女性としては、残念な感想しか浮かばない。
アデリアの中から、さっきまでの浮かれた気分は吹き飛んだ。
呆然とするアデリアがニコニコしている公爵と見つめ合い、その光景を両親と兄が唖然として見つめていた。
「あーゴホン」
微妙な雰囲気になったのを察した侍従のティンドルが、わざとらしく咳をした。
「旦那さま。そんな言いかたをしたら勘違いされてしまいます」
「ん?」
ハーランド公爵が、不思議そうに首を傾げて、自分の後ろに控えていたティンドルを見た。
長いハニーブロンドの髪が、スッキリとした白い頬をサラサラと流れて落ちる。
(本当に綺麗な人)
アデリアは、輝くハニーブロンドに見惚れた。
「援助の話を先に」
「ああ、そうか。そうだな。援助だ」
ティンドルの言葉に、本題を思い出したようにハーランド公爵は軽く握った右手で左の手のひらを打った。
そしてアデリアとその家族を振り返り、ニッコリと魅惑的な笑顔を浮かべる。
「勘違いしないでくださいね。私は、年若いお嬢さんを嫁に欲しがる変態ではありません。婚約をすることで、ニッケル男爵家並びにニッケル男爵領へ、援助をしたいのです」
「「「「は?」」」」
ニッケル男爵家の大人たちは、ポカンとして美しい王弟を眺めた。