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第十話 血まみれキリル・ハーランド公爵

 我が家のソファに、キリル・ハーランド公爵が横たわっている。

 しかも血まみれで。


(これって、一体どういうことなの?)


 アデリアは少し離れた場所に立ったまま、現実味のない光景を眺めていた。

 想像もしていなかった事態に動揺しつつも、ハーランド公爵から目が離せない。


(流石は独身公爵人気ナンバーワンのハーランド公爵さま。血まみれでも美しい)


 王国に独身公爵はキリル1人なので、ナンバーワン以外にはなれないのだが、アデリアは混乱していた。

 

(プレイボーイとしても有名なハーランド公爵が、なぜこんな何もない貧乏領地に⁉)


 血にまみれた衣装は、白地に金刺繍の入った貴族服だ。


(公爵さまには、白がお似合いだけど……。こんな辺鄙な領地に、あんなキラキラした衣装で来られるとは! 泥でも付いたら落とすの大変そうなのに、よりよって血まみれ⁉ あそこまで血で汚れちゃったら、あの服は捨てるしかないじゃない。金刺繍がたっぷり入っていて高そうなのに勿体ない)


 イルダが清潔な布で血を拭いながら、ハーランド公爵に傷がないか確認している。

 白地に金刺繍の貴族服や、フリルたっぷりのドレスシャツは、血の赤が目立つ。


「あら、不思議ね。傷はないみたい」

 

 イルダが呟きながら、白い肌から赤い血を拭きとっている。


「魔獣の血を浴びただけかなぁ。この人を助けなきゃと思って必死だったから、いつもよりも仕留め方が雑だったかも」


 ライアンは中途半端に伸びた金髪に大きな手を入れて、ワシワシしながら答えた。


「貴男は血まみれになんてなっていないじゃない」

「そりゃ、オレなら雑なクリーンで充分だから」


 息子を振り返って上から下まで確認したイルダが言うと、ライアンは子どもっぽく自慢げに言った。


「あぁ、川の水を浴びて、ラヴァにあおいでもらって乾かす、アレね」

「そう。アレ。その人相手にアレじゃ、マズいだろ?」

「そうね」


 イルダはコクコクと頷きながら、ハーランド公爵に向き直った。


「この方にアレをしたら風邪ひかせてしまうわ」


 そう言いながら、汚れた布を新しい物に替えてハーランド公爵の肌を拭いているイルダだが、最初はボロ布を使おうとしたのだ。

 そんな母を止めた自分を褒めてあげたい、とアデリアは思った。

 イルダはキョトンとした顔をして「血で汚れたら捨てなきゃならないでしょ?」とか言っていたが、公爵相手にボロ布を使うのは止めて欲しい。

 不潔な布を使って、何かあったらどうする、処されたいのか。

 アデリアは叫びたかったが、すぐそばに控えている侍従に聞かれて、後から公爵に告げ口されてもマズかろうと耐えた。


(公爵さまに怪我はないようでよかった。お兄さまが責任を問われたら大変なことになる。……それにしても、我が家にキリル・ハーランド公爵さまがいるなんて。信じられない)


 アデリアは、ありえない光景を眺めながら呟く。


「お兄さまが、王弟殿下を拾ってくるなんて……」

「ん? だって、魔獣に襲われていたら、誰だって助けるだろう?」


 当たり前のように言うライアンを、アデリアは化け物でも見るような目で見た。

 兄がそういう人だということは知っている。


(普通の貴族は、そもそも魔獣に襲われたりしないのよっ! 魔獣がいるような所へ行かないし、行っても護衛が守っているからっ!)


 王立学園へ進学しなかった兄は、貴族に関する一般的な知識が足りない。


(とはいえ、強い兄を持つのは悪くない)


 緊急事態だからといって、体が当たり前のように動く人ばかりではない。

 護衛騎士でも魔獣を前にすると身がすくむ者もいると聞いたことがある。

 魔獣慣れしているライアンが、その場に居合わせたのはラッキーだった。


(お兄さまが、公爵さまを助けてくれてよかった)


「人助けもできたし。ちゃんと魔獣も狩れたし。ラッキー」


 ライアンは、状況をキチンと把握していない様子で、ニコニコしている。


(ちょっと、お兄さま。ニッケル男爵領内で王弟殿下に何かあったら、我が家だって無事で済んだかどうか分からないのよー。危機感持って生きてー)


 アデリアは、能天気な兄を上目遣いで睨んだ。


「旦那さまを助けてくださって、ありがとうございますぅ~」


 ハーランド公爵の侍従だというティンドルは、茶色の瞳のはまった細い目に涙を浮かべ、両手を組んでライアンを拝む勢いで感謝の気持ちを表わしている。

 従者も呑気な人でよかった、とアデリアは思った。


「私たちは魔獣に襲われて、困っていたのです」


 茶色の髪をした細長い従者は、魔獣に襲われた時のことを思い出したのか、青い顔をしてブルリと震えた。

 アデリアは不思議に思ったことを聞いた。


「公爵さまには、護衛もついていたのではないですか? それに、こちらには何を使っていらしたのですか?」

「馬車で参りました」

「では馬車は……」

「翼のついた魔獣が、馬車も、護衛も持っていっちゃいました~。持ち出せたのは、このトランクだけです」


 情けない表情を浮かべたティンドルが言った。

 するとライアンが真顔で言う。


「アレは草食タイプの魔獣だから、巣材として持っていったのでしょう。護衛と御者はそのうち帰ってくると思いますよ。馬車は無理でしょうけど」

「あ、そうなんですね。人間が戻ってくるなら大丈夫です。公爵家に、馬車は沢山あるので」


 ティンドルは、ホッとした表情を浮かべた。


(いいなーお金持ちは。でもよかったー。魔獣のしでかしたこととはいえ、ニッケル男爵領内での事件だもの。護衛や御者が死んだりしたら、お咎めがないとは言い切れないわ)


 アデリアは、侍従からその主人へと視線を移した。


(それにしても。我が家にハーランド公爵さまがいるなんて……なぜかしら?)


 古びたソファに横たわるキラキラした男性を、アデリアは首を傾げて不思議そうに見つめた。


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