第一話 婚約破棄劇
「アデリア・ニッケル男爵令嬢! ぼく、パレット商会嫡男であるセルゲイは、お前との婚約を破棄するっ!」
セルゲイは、檀上からアデリアを真っすぐに指さして宣言した。
「なっ、なんですって⁈」
アデリアは大声を上げると、ピンク色のふわっとしたドレスに包んだ華奢で小柄な体を、大きく後ろにのけぞらせた。
ここは、王立学園の大広間。
魔法と魔石の国であるトピアス王国の、令嬢と令息たちが通う学園である。
王族や貴族、金持ちの平民など一部の特別な者たちだけが通う学園は、校舎も豪華に作られていた。
特に大広間は特産の魔石も豊富に使われていて、小国の王城大広間よりも素晴らしいと噂されている。
卒業式典に合わせて華やかに飾り付けられた大広間には、卒業する令息や令嬢が集められていた。
暖かな春の日の午後。
着飾った令息や令嬢はシーンと静まり返り、シャンデリアや大理石の床が差し込む太陽の光を反射する中で繰り広げられている、アデリアとセルゲイの婚約破棄劇を見つめていた。
「お前とは、今日でお別れだっ!」
「なっ、なぜですの⁉」
セルゲイの言葉を受けて、アデリアの目は驚きに大きく見開かれ、蜜色の瞳が零れ落ちそうになっている。
「それは、お前が芋令嬢だからだっ!」
セルゲイは、この国では珍しくもない黒髪を振り乱し、少しキョドった黒い瞳でアデリアを見ながら、棒読み気味な大声で答えた。
「なっ、なんてことを!!!」
アデリアは大広間に響き渡るほどの声を上げ、アゴが外れそうなほど大きく口を開けると、更にのけぞった。
(よっしゃー! 婚約破棄された令嬢役、完璧にこなしたぞー! これで、金貨一枚ゲットォォォォ!)
アデリアは、心の中で勝利の雄叫びを上げながら、限界まで見開いた目で檀上を見上げる。
中肉中背の体を茶色地に小紋柄のコートとトラウザーズで包んだセルゲイの隣には、ローレル・カッコーノ男爵令嬢が、曖昧な笑みを浮かべて立っていた。
ピンク色の髪をハーフアップにしたローレルは、スラリとしてはいるが出るべきところはバッチリ出ている曲線的で魅力的な体に赤いドレスをまとっている。
ガーネット色の瞳に困惑の色を浮かべたローレルは、セルゲイとアデリアをキョロキョロと見比べていた。
固唾を呑み静かに二人のやり取りを見守っていた令息や令嬢たちからは、やがてクスクスと笑いが漏れはじめた。
「婚約破棄が始まった、と思ったら。セルゲイさまとアデリアさまではありませんか」
「あのお二人は、仲良しの幼馴染よね?」
「ええ。確か、アデリアさまのお家の領地への援助を得るための婚約だったはず」
「それも王立学園を卒業するまでのお約束だと聞きましたわ」
「ならば、この婚約破棄は、お芝居のようなものね」
「だろうね」
「でもほら。お二人とも、お芝居は苦手みたいよ」
「そうね。それにしてもよりによって婚約破棄の理由が芋令嬢って……」
令嬢や令息たちは、クスクス笑いながら和やかに噂する。
アデリアが芋令嬢と呼ばれているのは事実だ。
とろっとした蜜色の瞳に、少しウエーブのある紫色の髪、そして少し黄みを帯びた白い肌をしている。
彼女が芋令嬢と呼ばれているのは、色合いがサツマイモを連想させるからでも、細身で背が低く子どもっぽいせいでもない。
彼女の得意な魔法が、芋魔法だったからだ。
「アデリアさまが芋令嬢って。それはご本人も認める、美点なのではなくて?」
「そうよ、そうよ。それにアデリアさまの芋魔法は、役に立たなさすぎて面白いのよ」
「あら、その言い方はいけないわ。ご本人は真剣なのだから」
「ごめんなさい。でも、アデリアさまが真剣になさればなさるほど、可愛らしくてついつい笑ってしまうのよ」
「その気持ち、わかりますわぁ~」
大広間にいる令嬢や令息たちは、アデリアに暖かなまなざしを向けた。
豊かなトピアス王国にあって、ニッケル男爵領のように貧しい地域は珍しい。
しかも王都から一山超えた距離にあるため、立地は悪くない。
それにも関わらず、経済的に恵まれない領地の令嬢であるアデリアに、皆は同情していた。
本人が頑張り屋にも関わらず不器用である、ということも好意的に受け止められている理由だ。
「アデリアさまは、健気で気になる存在でしたわ」
「そうよね。一生懸命なのに報われないタイプなのよね」
「そこがまた愛おしい」
「卒業したら会えなくなってしまうのね、寂しいわ」
卒業する生徒たちは、アデリアについて楽しげに話しながら、寂しげにその姿を見つめていた。
彼女とセルゲイとの婚約破棄劇を見守っていたのは、卒業生だけではなかった。
「あの子、面白そうだね」
会場の一番後ろから卒業式典を眺めていたハニーブロンドの美青年は、笑みを浮かべて興味深げに呟く。
そしてアデリアを眺めながら、お付きの執事に顔を寄せるてささやいた。
「ねぇ、アーシャル。彼女について調べてくれないか?」
「はい。承知いたしました、旦那さま」
短い白髪を丁寧になでつけた背の高い高齢の執事は、スッと背筋を伸ばしたまま綺麗な礼をとると、その場を後にした。
「次は、あの子かな」
国王の弟にして博愛主義の公爵、キリル・ハーランドは、緑の瞳がはまった秀麗な目を細めて、楽しそうに笑った。