二重生産
軽いきもちで書きました、軽いきもちで読んでください。
アスファルトが夏色に変わりはじめてきた数年前のあの日、私と彼は出会った。
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「…あぁあの子、派遣の小山田君ですか。もしかするとやれば出来る子なのかもしれないですが、なんせやる気がね。新しい仕事も全然覚えたがらないし、しんどい作業は一貫して”出来ないのでやりたくないです不向きです”ってスタンスでわざと長々時間をかけたりしてきてね。こっちとしてもご時世がら強要とかも出来ないし、下手に別作業に入れてしまうと作業が滞っちゃうしで…何よりも意欲のない人に時間を割いて仕事を教えていくのもってことで正直手に余ってる存在なんです。
ミスらしいミスはほとんど無いんですが、作業ペースがね…決して早いとは言えなくて。なんというかもっとキビキビ動いてもらいたいんですよね、まだ若いんだから…」
「あんなんさっさとクビにするべきですわ、ワシらの士気も下がりますよ?”やったら出来る”は”出来へん”のと一緒!世の中やるかやらんかの二択しかあらへん!やらなアカン言われてることは絶対にやらなアカンねや!そんなことも理解出来んほど頭の悪いアホですねん。てんで覇気もないしボーっとしとるし、ほんまにね見てて思うんやけど、あいつは楽する事しか考えてへん!ワシらの時代は額に汗して必死になって、とにかく全力でやるんが当たり前やった。お金もろてやっとんやから当然ですわな、なもんであんなクソガキみたいな奴は絶対に許されへんねや!!」
そう憤っているのは年の頃50代くらいの派遣社員、名札には白石と書かれている。まぁまぁまぁ…となだめるこの区域の班長と私を尻目に、当の彼はこちらのことなぞ知る由もなく軽快な鼻歌まじりで作業にあたっている。
定年間近の私はこの現場に来るのは初めてで、後ろに組んだ手をほどき、足元に気を付けながらゆっくりと彼の背中に近づき作業を観察することにした。
―――おや?他の作業者と比べて動きが小さくムダがない。道具の置き方や握り方、その他細かいところなんかも洗練されている。どうやら右利きみたいだが左手も器用に使えてるからだろう、ダラダラやってるように見えて向こうでバタバタとせわしなく動き回っている中堅組とも作業ペースにほとんど差はない。”遅く感じる”のは単に先入観から来る錯覚なんだろうな。”出来ない子”には到底見えない…
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「あのすみません、良かったらここ座っても大丈夫だったりするかな?迷惑だったら他に移るけどね…ちょっと君と話がしてみたくて」
トレーを持つ私と目が合った小山田くんは持っていたスマホを社食のテーブルの上に伏せ、とても軽快に返事をしてくれた。
「あっ!はいはい!えと、今週からこっちに来てはる…マキムラさんでしたっけ?全然大丈夫すよ!どうぞどうぞ~!」
快く迎え入れられた向かいの席についたあとしばらくの時間は小刻みよく話す彼との他愛もない雑談が続いたが、ちょうど私の食事が終わる頃合いで改めて声をかけられる。
「んで、話ってなんです?」
「あ、うん、いやね、小山田君のこと見てて思ったんだ、周りの人たちに比べてすごく要領の良さそうな子だなって。もう少し頑張ったら正社員登用も全然目指せそうなのに、ちょっと勿体ないのかなって」
「いやいや、全然そんな事ないすけどね。んーまあでも、どのみち社員とかは…特に目指してないです今のところは」
今のところ、の部分に何となく忖度のニュアンスを感じた私は興味本位で彼にこんな言葉を投げてみた。
「はっきり言って君さ”楽しよう”としてるよね?いや別に説教がしたいわけじゃなくてね、私自身はこれを悪いことだとは思ってない。”楽をする”ってさ、つまるところ”簡略化”とほとんど同義で、疲れにくいからケガもしにくい。安定するからミスも減る。無理のないやり方をすることによって作業性も上がったりする。だからむしろ良いことくらいに思ってるんだよね」
ほう…という表情を一瞬見せた小山田はグラスに注いだ水をひと口ふた口と飲み始める。
「ふふ、年寄りのくせに理解あるじゃん?とか思ってたりするかな。だから”その点”に関してはあのおじさん達が間違ってる、とは思うんだけどね。何というか…モチベーションとか熱意の部分でさ、違和感というか、うん。そういうのがあるんだよね」
小山田君は飲んでいたグラスから口を離すと、ゆっくりとまたこちらに視線を戻してきた。
「これは私の自論なんだけどさ、出来る出来ないと、やるやらないは違うじゃない?”出来ない”はとてもシンプルで、単に”能力が足りない”ってだけの話。それ引き換え”出来るのにやらない”にはそれぞれ意味があったりするじゃない。”能力”があるのにそれを活かさないという”選択”を敢えて取る理由。こういうのには何故か興味を惹かれたりするんだよね、時にそこには深い意味があったりしてさ。色んな人を見てきたり話を聞いたりしてきたから。新しい発見とか視点とか学べて、年甲斐もなく良い刺激になるんだよ」
「”能力”と”選択”は別物…ですね。成程」
「うん例えばだけどね、何を語れるかが”知性”で、何を語らないかが”品性”みたいな話をどこかで聞いたことがあって。その日から少しずつモノの見え方が変わってきたんだよ。この人は何を考えて、どう判断して、今の選択を取ったのだろう。そういうの考えてるだけでも結構楽しいんだ」
「………なるほど、なるほど」
「これで考えるとキミは仕事に対して”責任”を増やされたくない、とにかく身軽に自由に生きたい人で、終業後のプライベートとかを物凄く大切にしていたりとか…あっ、もしかして副業とかやってたり?それが理由でこっちの仕事で疲れを残したくないとか?絶対誰にも言ったりしないからさ、よかったら教えてよ?」
変わった奴だと思われたであろうことは彼の表情から見て取れた。うーんと唸りながら少し考えこんだ彼はゆっくりと口を開いた。
「…まぁいいか。そうですね、疲れたくないってのは正直あります。派遣先のお偉いさんにする話じゃないかもですが、どちらかというと自分こっちの方が”副業”なんですよ。だから熱量とかも全然なくて、単に”相性”で選んでここ来ました」
そういうと彼は傾けた頭を二本の指でトントンと、叩きこう続けた。
「……まずは一切の無駄を省いた”最適解”をとにかく身体に覚え込ませる。そうすることによってね”自分の頭を完全にフリー化”出来るんですよ。そうやってここの時給を発生させながら自由になってるその脳内でね、次から次へと色んな”創作”をしてるんです。あとはそれを家に持ち帰って文章化するだけで完成。つまり自分…実は小説家なんですよ、最近はタイムリープものとか書いてます。あんまり人には言わないでくださいね?これが”別の仕事に回されず毎日をおんなじ作業の繰り返しだけ”にしたい理由です」
予想外な答えが返ってきた私は一瞬言葉に詰まってしまう。
「………いやあの…そんな事が…?多分それって簡単なことではないよね?矛盾点とかも作らずに、細かい時系列なんかも頭に入れながらなんて…」
「慣れれば簡単だったりします。一部の特殊な人たちが出来るって言われてる、映像をまるで”写真に撮ったかのように記憶する”ってあんな感じで頭の中にホワイトボードみたいなの作ってます。自分は訓練でこれ出来るようになって、今では”一人目隠し将棋”とかも出来たりします。本当にやべー人は頭の中の写真で”間違い探し”が出来たりするらしいです、嘘か本当かわかんないですけど」
まだ理解の追い付かない私の様子を感じてなのか、少しテンポを落として話の続きを聞かせてくれた。
「基本的に自分が書きたいものだけ書いてる。だから全然売れてもないけど、自分としては”小説家”でいたいんですよ。派遣だから昇給減給とかもない。だから”本当に最低限のこと”だけしかやらないんです。仮に契約切られたとしても、会社都合扱いだから失業保険もすぐ受け取れるしあまり問題もない。夜型人間の自分にとって平日昼間っていう”要らない時間”売って金にしてるだけなんで特にデメリットもないんです。この時間帯あんまり頭働かないし、ある種”規則正しく朝から軽い運動させてくれて”金までもらえる上、本業にも差支えがない。良いことではないんでしょうけど、この”二重生産”すごく都合がいいんです。認めてくれとかってアレでもないですけど、今の時給に相応する仕事はやってるつもりです。正社員が”正妻”なら、何かあれば真っ先に切られる派遣なんて所謂”セフレ”みたいなもんでしょ?お互いに都合よく、ですよ」
―――ジリリリリリ……
「あっ予鈴ですね、じゃあそろそろ戻ります。マジで秘密にしといてくださいよ?ここの人にこの話したのマキムラさんが初めてなんで」
「小山田ァ!何をチンタラ歩いとんじゃい!!休憩明け5分前には持ち場戻って作業してるんが当たり前やろがァ!!」
食器を乗せたトレーを返却口に戻した後、ゆっくりと作業場に戻っていく小山田君の後ろから先ほどの初老の派遣社員が大声で叫び散らす。
「んえ?あぁ、はぁ~い」
本当に見事なまでの”棚上げ”に対し、先ほどまでの彼とはまるで別人のような間の抜けた声で言葉を返したその背中を眺めながら私はひとりもの思いに老けた。
彼の勤務態度は確かに褒められたものではないのかもしれない。だが私はこれを責めようというつもりになれなかった。この現場では兎に角「残業時間の削減」を口酸っぱく指示されており、長きに渡る人手不足を従業員ひとりひとりの負担を大幅に引き上げることにより何とか業績を水際で保っているのが現状だ。結果的に身体を壊して辞めていった者たちも少なくはない。正社員たちの昇給機会もほとんどないうちの実情として「仕事の早い”出来る奴”ほど損をする」この構図が完全に出来上がってしまっているのだ。
数時間をかけ工場内の他の施設も一通り見て回った私は、長い廊下を通り先ほどの現場に戻ってきた。その視線が自然と向かった先の小山田君は、時折同僚に対し飄々とおどけた様子を見せながらもゆっくりと一日の作業の後片付けを進めていた。
「足立さ~ん、聞いてくださいよ~ボク昨日駅前で職質されたんですけどね、そん時の若いポリがタメ口きいて来てもう生意気な事。あいつらしょせん国家のイヌでしょ?税金で食わせたってる市民様に向かってどうしてあんな態度とれるんすかね~?いや、足立さんみたいな仕事出来るオトナに言われるならまだしもですよ?」
完全に作業の手が止まっている白石は小太りの中年社員にヘラヘラと媚びへつらいながら、身振り手振り交え雑談に花を咲かせている。
私が遠目から溜息交じりにその様子を眺めていると、次の瞬間
「おいこら!高本ォ!!何をぼさっと突っ立っとるんじゃ!はよこっち来てこれ運ばんかい!!!」
大きな壁掛け時計をちらりと見た直後、目が合った若手の派遣社員へ飛ばされた怒号が区域内に鳴り響いた。
「え……でも僕は僕で自分の担当作業いま終わらせたとこで…班長もあとは少しゆっくりしてて良いって…」
「だあっとれボケカス!!お前の言うとることはな、矛盾しとるんじゃ!む・じゅ・ん!!!!毎日の朝礼聞いてへんのか!”自分のとこはよ終わらせて他の仕事を手伝いに行く”!仕事なめるなよ、何年も大手におったワシが言うとるんじゃ!文句あったら言い返して来んかいな!?出来んな?出来んわな?はい論破~!ワシの勝ちや、めちゃめちゃ正論やからなぁ~!
こっちは腰の肩も痛い中毎日来たっとるんじゃ!若もんが年長者敬うんは当たり前、お前以上に貢献してきとんねんこっちは!!お前はお金もろて働いてるんや!休憩時間以外はやるべきこと探し回って、それを必死でやり続けるのは当たり前!ホンマ、こんなことも出来へんのかいな」
見かねた私が彼らのもとに詰め寄ろうとしたその時、パンッ、パンッ、と手を叩いて大笑いしながら近づいてきたのは小山田くんだった。
「いやいや、今日は一段とおもろいお笑いやってますねえ。矛盾?えっ?何どこが??これの何たるかもわかってないような人が何おっしゃる、支離滅裂にも程があるでしょ?”出来てもやらん”のですよ、あんたらみたいなんが際限なく付けあがるからね。
ええすか?まずね、あなたが毎日ここの指示に従って作業してるの何でです?お金貰って雇われてるからですよね?要は”与えられてるから応えてる”んだ。でもあなたはこの高本さんに対して何も与えていない、彼にとってあなたは”与えてくれる人じゃない”そんな奴のいう事聞く必要なんてないでしょう?権利と義務は表裏一体、求めるなら果たせ、果たせないなら求めるな。責任者と違いアナタは何の権利も有していない。何様だって話ですよ」
「な、何じゃお前は!……失礼やろが!!と、年上やぞこっちは!!!」
それは怒りか動揺か、この現場内においてこれまで誰にも”口答え”などされたことのなかった彼は身体中を小刻みに震わせながら怒鳴り声を上げる。
「二つ目、さっき話してたその”警察官の態度”偉くもないのに偉ぶってる…ってこれまさに今のあなたですよ。本当に何者でもないオジサンが、俺は凄いんだ!偉いんだ!敬われるべきなんだ!なんて叫び続けてみた結果、”そうかこの人は偉いのか!じゃあ偉そうにされても仕方ない!いう事なんでも聞かないとな~!”ってなります?なりませんよね?謎に高圧的な勘違いオジサンだと馬鹿にされる事こそあれど、そんなんで人は着いてこない。行動で、積み重ねてきた結果で示さないと。あなたはこの会社で何も成しえてない、当然実績なんかも全くない」
寝ぐせ頭に短パンクロックスで出勤し、ときたま気分が乗れば仲の良い同僚とおちゃらけて見せたりするが、1日のほとんどの時間は無気力にダラダラと作業にあたる普段とはまるで別人な姿の彼に場の全員の表情が凍り付く。
―――な、何やこいつ…ホンマにあのアホの小山田か…?
「……知ったような口を!ええか?ワシはお前らより長年社会に貢献して来とる!かなりのレベルでな!」
「へーそんなに仕事出来た人やったんですか?確か前職は大手の同業他社に派遣されてたんでしたっけ?大層活躍なされていたとか?」
「お、おうそうや!ワシがな、あの会社を高いレベルで動かしたり支えてたりしてたから今のあそこがあるんじゃ!」
まるで誘導したかのようにその言葉を引き出すと、苦笑いを浮かべながらこう切り出した。
「あー!という事は…あなたはココの業績を苦しめてる張本人ってわけだ?ライバル会社やのに、重罪人やないすか?だったらこれから率先して当時と同じくらい、またはそれ以上にテキパキ動いて働いてこの会社を引っ張らないと!罪を償わないと!ね?ね?」
―――罪?償う…やと?何を言うとるんやこいつは……はは、こいつやっぱりただのアホやんけ
「ハハ、ハハハ!ウハハハハ!!!なんや偉そうに語りだした思たらこの世間知らずが!イチ派遣社員にそんな影響力あるわけないやろがい!責任取るもクソもあるか!!ましてやワシは3年間ずーっと雑用程度のことしかしてへんわい!何が重罪人や、オマワリでも何でも連れてこい!寝言は寝て言わんかいクソガ…」
「あれ?”高いレベルで会社動かしてきた”んじゃないんですか?……それが本当の”矛盾”、よー覚えといたほうがええかもですよ?」
―――な、な、な………!!!
見事なまでに大恥をかかされてしまった白石の周りから少しずつ、クスクスクスと笑い声が漏れてくる。
「う、うるさいボケ!!お前はどうなんじゃ!いっつもダラダラ仕事しやがって!お、お前なんかに何も言われたないんじゃ!ブーメランやろ!それこそ矛盾じゃ!あほ!」
「ん?そうですね、だから”僕は”あなたに何も求めていない。”何にも大したことをやってない奴”が我が物顔で他人様にあれこれ求める、押し付けるだなんて恥ずかしい真似できないですよォ」
―――クソッ!…クソッ!!………クソッッッ!!!
「おいお前…あまり調子に乗るなよ…?」
先ほどの小太りの中年社員、足立と飛ばれていたズケズケと間に入り込んでくる。
「さっきからずっと何言ってんだお前?矛盾?理解不能なんだが。なんか勝ち誇ったみたいな顔してるけど、俺は全く納得出来てないぞ?」
―――ふふ、俺はこれでも数年来レベルのSNS不毛な議論ウォッチャーだ、この手の話は続ければ続けるほどグダグダして”勝ち負け”が分かりにくくなる、相手が根負けするまでこっち側が”理解できないフリ”を無限ループさせればいいんだ…!
「納得…うーんなるほど。例えるなら…そうだ。さっきあなたが食堂でしてた話…”一番好きな料理は麻婆豆腐”だけど”一番好きな食べ物はイチゴ”ってやつ?これらが”矛盾してない理由”は分かりますよね?」
気が付けば周囲のギャラリーたちも食い入るように彼の話に耳を傾けていた。
「長々語るのメンドクサイんで簡潔にまとめます、”前提条件”が違うからです。前者は料理に限った話で、後者は食材全般。
ほとんどの人が”矛盾と錯覚してること”の原因、ほとんどこれかと。主観と客観、理想論現実論あたりが特に多いですね」
それまで黙って話を聞いていた高本が静かに口を開いた。
「……それ班長さんが度々言ってる”定時で絶対に終わらせる”と”残業になるのは仕方ない”みたいなことですよね?こうあるべきだけど、現実問題~みたいな」
「まさにそうです。理想論を主張する一方で、過度な慌て作業によるミスやケガを防ぐために後者の呼びかけもしてる」
―――あれっ?…あれ??
「かなり有名な本家”矛盾”の話、あれは”絶対に貫ける矛で絶対に破られない盾を突いた時”という前提条件で繋がってる、だからそれらが”両立する未来”はありえない。”それはさておき””その一方”で接続できる二つの事柄は両立可能。よって”両立不可”とは呼ばない…これだけです。まあこれ自論ですけどね」
―――か、簡潔だあああ……
「…白石さん、足立さん…そのあの……さすがに小山田君が言ってることの方が正論だと思います……」
見かねた班長が恐る恐る話に割って入ってくる。
「…僕は責任者として負担の均等化をしたうえで作業を割り振ってます。手が空いてるのは彼がテキパキと早く持ち場を終わらせたからです。申し訳ないですが、ここは一人で片付けてもらえるようにその…お願いできますか……?」
そう告げられた彼は苦虫を噛んだような顔をみせ、バツが悪そうにそそくさと自分の作業に戻っていった。
「いやあすごい剣幕だったねあの人、いつもあんな感じの事言ってるの?白石さん」
「見え透いた虚言並べて自分の事は完全に棚上げ、都合よく自分の仕事や主張をとにかく若手に押し付けまくる、あの人ずっとこんな感じでね。今まで完全に事なかれ主義でやってきたけど、さすがここまで続くとね…」
「誰も…彼を正せる人が居なかったんだね…それにしても見事なものだった。弁が立つんだね格好よかったよ」
「いえいえ、理屈なんてね実は大した武器にもならないし、そこまでの価値もない。受け手聞き手に一定の理解力がなければ、こんなのどんだけ並べても本当に意味が無いですからね。せいぜい有事の際に身を護れるかどうかくらいですよ。そもそも理屈っぽい人って嫌われがちじゃないすか?だから普段はこーやって飄々としてんのがイチバンだなって気付いたんすよ。メンドクサイ奴の話は適当に流してあしらって、あとは必要ぽいケースで人当たり良くさえしとけば…ね。でもまぁ、俺が普段やってることもやっぱり褒められたもんじゃないっすよね。もうそろそろ歳も歳だし、自分がちゃんと熱量もって取り組める事、探してみるのもアリすかね…何かいい仕事あったりしますかね…?」
「ふむ、なるほど。んん…そうだねぇ……」
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毎年この時期になる度思い出すあの日の出来事。そんな彼と出会ったのはもう6年も前になるのか、道理で歳も取るわけだなどと思い出に浸りながらソファに腰かけテレビをつける。
現在時刻は午後9時57分、あと3分後には今や売れっ子となった彼が手掛けた大人気ドラマの最終回が始まる。