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待ち合わせの電話の途中で・・・

 名前をいえば済むこと。だけど、アタシは少しでも長く淳くんと電話がしたかった。


 久しぶりに聞いた声は、大人びていて元気のないように感じられた。


 そんな声を聞かされたら、心配はそもそもしていたけれど、励ましてやりたくなった。

 高校生の頃、応援団をやって、先頭に立って生徒を激励していたマインドは一生無くならない気がする。

 アタシの応援魂が、心の炎が、このまま放っておけないぞ、と騒ぎ立ててくる。

 だから、もう大丈夫。普通に、あれやこれやと意識し過ぎないで会話ができる、いや、そうしたい。


 他人と話す時は、クールで塩対応、なんてよく言われる。

 会話は短文が多くて、普段からあまり笑わない、表情を変えないようにしてる。

 理知的で、こだわりが強そうな周りから一目置かれたカッコよさとかなんとか。

 そんな風に思われている。友だちからもよくそんなことを言われた。

 少し低く、くぐもった鼻にかかる声をしているから、トゲがあるように受け取られることもあった。

 それでも、何か言われてもアタシは毅然とした態度で堂々と揺るがない。

 強くて、格好良い自分を演じている。


 ほとんどの人が、アタシのことをクールな人だと思っているけど、本当は全然そんなことはない。そう振る舞っているだけ。

 恋愛に興味ないだなんてのも嘘。一途な恋を続けているだけ。


 だからこそ、少し可愛く、声をいつもより明るく話す。

 「‥‥いじわる」


 さて、どう返ってくるかな。

 そもそも名前を言わないアタシが悪いから、そこをツッコまれたら素直に謝ろう。

 そう思っていると向こうから先に、謝られた。


 「ごめん。萌ちゃん、だよね」

 「うん」


 今度はすんなり言葉が出て即頷き返す。


 でも内心は焦っていた。

 ちょ、なに!? 今、萌ちゃんって言われたんだけど。

 下の名前で男子から呼ばれ慣れなくて、小学生以降は名前で呼んでくる男子がいなかった。

 だから、呼ばれるとどうしても意識してしまう。

 

 こんなの無理。だって、中学生の頃は好きすぎて話ができなかった相手なのに。

 久しぶりに話すときに昔みたいに名前で呼ばれたら、色々と思い出しちゃうじゃない。あの時のこと。

 どうしよう。恋する乙女になってる。今、アタシは青春を取り戻したような気分。

 いや、違うのよ。ずっと一途に恋してた。周りに見せなかっただけの、アタシは本当は恋する乙女。

 アタシが好きなのはあなただけ。もうこの気持ちは止められない。

 それならいっそ、クールな自分を演じなくていい。

 もう、どうにでもなれ! というか、どうにかなっちゃいそう。ええい、なるようにするしかないわ。


 そんな中、友だちはヒソヒソと何か言っているようだった。

 (なんだか、いつもと様子違くない)

 (相手、誰なんだろうね)

 (もしかして男の人だったり、とか?)


 小声だけど、そんな感じのことを言われてる。けど、アタシには余裕はない。

 だって、考えごとしてるうちに、淳くんから話しかけられていたから。


 「えっと、ほかに誰かいるの?」

 「・・・え? あ、うん。‥‥‥まずかった、よね」


 全くもう! この子たちは。どうしてもついてきたがるから。

 頼られてるのはわかるし、仲もいいんだけど、ちょっとね。気持ちが落ち着かないし。

 普段なら、一緒に行動することで助けられていることもある。

 例えば、アタシが一人でいると、よく男子が声をかけてくる。

 そんな時は、3人の誰かもしくは3人ともが悪い虫を追い払うかのように男子を遠ざけに駆けつける。

 

 アタシとしては、有り難かった。

 好きでもない男子に言い寄られて、断らなきゃならないから。

 嘘の理由で「恋愛に興味ないです」って言うのは、心の中では申し訳なくて居たたまれなくて。

 だからといって、正直に好きな人がいるって言うと、誰なのか詮索されるだろうし。それはそれで嫌だった。

 普段ならいてくれて助かる友達が、今は、鬱陶しい。どうしても。

 ものすごく身勝手なのはわかってるから、そんな自分を嫌になりそうにもなってて、苦笑いしてしまう。

 友達には申し訳ないけど、今は二人で会話したい。邪魔してほしくない。けど、はっきりとは言えない。

 

 いま、アタシはどんな顔してるのかな。

 間違いなくクールでカッコいい感じではないよね。

 苦虫を噛み潰したように眉間にシワが入ったかもしれない。複雑で、でも照れて朱に染まったままの頬。想像すると、恥ずかしい。

 友達はコソコソから少し声量が上がって、ガヤガヤと騒ぎ立ててくる。


 「乙女の顔になってる」

 「赤い、そしてかわいい」

 「普段とのギャップ! なにこのかわいい子。これこそギャップ萌ってやつ?」


 キャッキャ、キュンキュン、もえもえ。

 そんな感じの擬音がふさわしい会話に、アタシは少し頭を悩ませた。


 「だ、大丈夫? 疲れない?」

 「あ、ありがとう。‥‥‥アタシは平気。慣れてるから」


 今までなら慣れてることなの。

 でも、この状況とアタシの心境が判断を鈍らせた。

 いつものように毅然と言うことはできなくて、曖昧に小さな声で呟いただけだった。


 そんな時、思ってもみない、願ったり叶ったりな台詞を淳くんは言ってくるのだから。

 アタシは本当に、どうしていいかわからなくなる。


 「二人で会いたかった」


 え? なんだって!? 今とんでもないこと言ってきたような。でも、ちょっと、落ち着いていて。か、考えるのよ! えっと、今言われたのは‥‥‥。

 

 「は、ひ⁉ そ、そうね」


 もう、変な声が出て恥ずかしい。

 おまけに、友達が騒がしいことこの上ない。キャーキャー、キャーキャー止まらない。

 

 「萌さま!?」

 「熱ある? めっちゃ顔赤い」

 「たいへん、たいへん」


 そんなに騒いだら、流石に淳くんに丸聞こえよ。もう少し静かにしてほしい。って、言うだけ無駄だろうから何も言わないけど。


 「ごめん、変なこと言って」

 空気を読んだように、淳くんはそう言ってきた。


 いや、全然変じゃないよ。むしろ変なのはアタシの方。

 言われて嬉しくて。でも、できたらアタシからも。なんてね。

 

 あぁ、照れちゃう。恥ずかしい。


 「う、うん‥‥‥いいよ。だって―――――――」


 声が小さくなっちゃった。でも、ハッキリ言えないよ。こんなの。


 「だって、アタシも

 

 『二人で会いたかった』


 から」


友達があまりに騒ぐから、会いたいって言葉は淳くんには聞こえてなさそう。


 代わりに友達の声はバッチリ聞こえただろう。

 「キャー! 告白!! これじゃ告白してるようなもの。好きっていうのと変わらないよ」

 「そもそも好きじゃなかったら二人で会いたいなんて言うわけがない」

 「100%好きな人に言うやつよ、これは」


 これが恋じゃないならなんだっていうの。

 そうよ。だから恥ずかしいってのに、もう。あなたたちはそんなに騒ぐから。


 「ちょっと、萌? 顔真っ赤だよ」

 「かわいい」✕3

 「そんな顔になるだなんて」

 「初めてそんな顔になるの見るけど、ヤバイ。可愛すぎる」


 「もう!! ジロジロ見るな! あんまりいうといい加減、怒るよ」


 最初は感情がこもっていたけど、最後の方はいつもの落ち着いた声音で少し脅すように言う。

 すると、ようやく友達は静かになった。


 「あの、最後なんて言ったか聞こえなかったんだけど」

 「あぅ‥‥‥、な、なんでもない」


 誤魔化すのでもういっぱいいっぱい。

 顔が熱い。

 誰かどうにかして。



 「ところで、今はどこにいるの?」


 言われて、アタシは我に返った。

 そうだ。アタシは淳くんに会いに来たのだった。

 

 「えっとね、もう仙台駅」


 相変わらずのアタシ。即行動。思い立ったら突っ走る。

 目的地までは一直線。まあ、淳くんを想えばこそなんだけど。


 「随分、早かったな。もう来てるなんて思わなかった」

 

 話が続いて、少し落ち着いてきた。ちょっと冷静になれてきたかも。

 

 「来ちゃった、てへ」


 うまく言えてるかな。淳くんに伝わってるといいな。少しでも。届いてほしい。


 「お、おう」


 あ、ヤバイ! ずっと話てて、飛び出してきてるから充電してなかった。

 そろそろ切れそう。

 でも、これだけは言っておかないと。

 今から会いたい、会いに来てほしいって。なんとかして伝えないと。


 「‥‥‥あのね、来たのはいいんだけど、アタシ、仙台初めてなの。できたら案内してほしい‥‥‥って、だめだよね。流石に急すぎるよね」


 これで大丈夫かなぁ。押しすぎず、迷惑にならないようにしないと。嫌われたら、嫌だから。


 「いや、いいよ。大丈夫、今から」


 プッ、ツー、ツー・・・・――――――

 

 会話の途中で、嫌な電子音とともに淳くんの声は聞こえなくなる。


 とりあえず、来る、よね? 今から。

 時計を見ると、時刻は午前10時になるところだった。

 来てくれるとしても、電話は、もう使えない。急いで充電しようにも、ここを離れないほうがいい気がする。


 アタシはペデストリアンデッキの方へは行かず、ステンドグラス前で待つことにした。友達3人とともに。

 とりあえず、一人じゃないし。もし、何かあっても、この子たちと固まっていれば大丈夫でしょう。


 この時、アタシは安心していた。

 だから、男の人から声をかけられるなんて思っていなかった。


 「あ、そこの可愛いお嬢さん方。もしかして、暇?」


 冴えない同い年くらいの若い男性だった。


 「今、人が来るのを待ってるので」


 そう答えても、立ち去ろうとしなかった。


 「そうなの? じゃあ、来るまででいいから」


 これって、ナンパってやつよね?


 アタシたちはお互いの顔を見合い、友達がいつものごとく追い返そうと何か言おうとする前に


 「アタシなんかで良ければ、どうぞ」


 「ちょ、萌! 何いってんの? これナンパだよ」

 「さっきの電話で話してた人が来たらどうするの」

 「やめようよ、つまらなそうな男を相手にすること無いって」


 自分でもなんでオッケーしたのか不思議だけど、アタシの淳くんへの想いは半端じゃないから。

 ちょっとやそっとのことで気持ちは変わらない。むしろ余裕だった。


 「いいよ。でも、好きになんてならないから、そのつもりで」


 こうして、アタシはナンパを受けた。

 男の人は、伊藤と名乗った。

 

 

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