好きな人に会いたくて
好きだから会いたいのは言うまでもなく、でも、それだけじゃなかった。
もちろん、会えたら嬉しい。当然だ。ずっと前から思い続けている好きな人なのだから。
しかし、アタシはあることを心配している。
それは、上手く言えないけど、淳くんがコンプレックスを抱えて、一人で悩んでいるような気がしてならないからだった。
時々、淳くんは心ここにあらずといった感じでボーっとしていることがある。
周りからは何を考えてるかわからない、なんて言われているようだけど。
でも、アタシには、なんとなくわかる。なんで呆然とするのか。
それは、以前、彼自身から言われたこんな一言で、それはアタシにとって、とても意外なこと、言われなきゃ気づかないようなことだった。
「空気とか水とか、そういうものになりたい」
淳くんは、心のどこかで他人と距離を置きたがる。人を遠ざける。
なんでそんなことするのかは、アタシにはわからないけど、空気とか水のような存在の意味するところはなんとなくわかった。
目立ちたくないんだろう。
他人と意識的に関わるのが苦手で、どうしていいかわからないのかもしれない。
あるいは、身勝手な振る舞いで人を傷つけるのが嫌なのかもしれない。
もし、そうなのだとしたら、アタシだったら、
ありのまま、そのままのあなたで、
アタシはそれでいいって思う。
人と話すのが実は苦手、なんてことを言われたときに、アタシはこういうことを伝えたことがある。
「いいじゃない。それでもあなたは、あなた」
自分を信じて。もっと自信を持ってほしい。そんなにあなたは弱くなんてない。
そして、アタシの好きな気持ちは、そんなことで変わったりもしない。
むしろ、弱さがあることを知って支えになりたいと思った。
そんなアタシの思いとは裏腹に、アタシの、ありのままでいてという答えには、淳くんは納得いかないみたい。
自分らしくって、何?
そう考えてるのが伝わってくるくらい、苦悶の表情だった。
自分でも自分がよくわからない、みたいなことで悩んでるに違いない。
まるで禅問答のようなことを一人でぐるぐると考えてるのではないか。アタシはそうじゃないかと思っている。
そんなふうに悩む彼が心配なのだ。
生きることの意義さえわからなくなっているのではないかと。
元来、そういった周りに見せない内気な部分を隠している人だと知っているからこそ、アタシはとても心配になった。照さん(淳のお兄さん)が、亡くなったと知らされたから。
生きてても仕方ないとか、この先どうしよう、なんて思いに辿り着くに違いない。そんなことは想像するに容易い。
だからアタシは、とにかく心配になった。そして、会いたくてたまらなくなった。好きだからこそ、余計にそうなった。
こうなると、アタシは居ても立っても居られない。思うより動く。動いた先で結果が出る。これがアタシのやり方。
気になるなら、そう思うなら、会いたいなら、
思った通りにやってみたらいい。
人は思ってもみないことはできない。そもそも選択肢にないからやろうとしない。
でも、思うフシがあるってことは、可能性があるってこと。
なりふり構わず、やるだけやってみるしかないのよ。そうやってアタシは今まで生きてきたじゃない。
これからも、そうなんだから。
できる、できないはやってみないとわからない。どうせ結果はあとからしかわからないもの。
ただ、想いが届けられるかは別問題。そう。まさにアタシ次第。
自分で決めて、自分でやるから意味があるのよ。それに対して、アタシは後悔したことはない。
もし、そうじゃなかったら。つまり、自分でやりたいことを決めなかったら、間違いなくアタシは後悔している。
髪型をショートスタイルに変えたのも、クールなふりしてるのも、学ランを着て過ごしたことも、すべてはアタシが望んでしたこと。それに異論は認めないし、後悔なんてあるはずない。
だから、アタシは淳くんに会いたくなったから仙台に行くって決めた。
会って、どんなことを話せばいいかなんて、考えてない。今はそこまで頭が回らない。
だけど、好きな気持ちは隠せないし、落ち込んで人生に迷っているだろうことが心配な気持ちもまた隠せないだろう。
もどかしい。この上なく、モヤモヤする。
それでも、アタシは会わなくちゃならない。そうしないと何も始まらないから。
そんな思いを抱えて、過去のこと(淳くんとの思い出など)も懐かしみつつ、電話をかける。かけている番号は、父から教えてもらった淳くんの番号だ。
初めての電話で、やたらと緊張する。
友達が3人くっついてきていることもあり、会話を聞かれるだろうから妙に照れくさい。
呼び出し音が鳴る。
少し長め。
なかなか出ない。
あ、あれ? ‥‥出ない。
番号、間違えたかな?
そう思ったけど、よくよく考えたら、淳くんからすれば未登録の個人番号からいきなりかかってくるわけだよね。
すぐに出ない。それは当然か。
でも、お願い! 電話に出て!!
そんな思いが通じたのか、しばらく呼び出し音がなった後に淳くんの声が聞こえた。
恐る恐る、といった声ではあるけれど、声変わりして昔とは印象が変わっていても、その声は間違いなく淳くんのものだ。
よかった。出てくれた。
そんな安堵の気持ちは束の間だった。今度は、恋い焦がれている相手ゆえの緊張に襲われる。
何話せばいいの。
頭は真っ白で、くっついてきた友達が、
「なんか照れてます?」
「安心してるのか緊張なのかコロコロ表情変わって落ち着き無いけど、大丈夫?」
「あわてているレアな萌さまも素敵です!」
なんて言ってるけど、普段ならすぐに反応して言い返すのに何も言えない。
友達にすらそうなのに。これじゃあ淳くんとは全然話せる気がしない。
「も、もしもし? えっと、どちら様ですか?」
あ~、どうしよう。声が出てこないよ。もうなんでもいいから言わなきゃ。これじゃ不審がられるよ。ガンバレ、アタシ! 勇気を出すのよ!!
考えれば考えるほど、声にならなかった。
もう、どうして。なんでこんなに恥ずかしくなっちゃうの。
「なんか、お顔が赤いです」
「ほんとに、大丈夫?」
「あらあら、萌さまったら、お可愛いです!」
アタシの焦る気持ちに、友達は思い思いの言葉を口にしている。
と、とにかく返事をしなきゃ。
そう思って口を開きかけたときに、思いもしないことを言われてしまった。
「‥‥‥あの、誰だかわからないので、もう切ってもいいですか?」
ちょ、ちょっと!! それはダメ! それだけは。そんな終わり方は認めない。これじゃ、今までのアタシの覚悟は何だったっていうの?
そう心で叫ぶと、アタシは意を決して、ついに声を発することができた。
このときの声は、意外と大声だったから周りも自分もびっくりだった。
「ちょっと! 待ってよ! アタシ、アタシ。ほら、切らないで」
途端に友達がざわついた。小声でヒソヒソ言っている。
(え? 萌さま? まさか、あなたそれ、オレオレ詐欺の出だしのやつになってるけど、誰と電話してるの?)
しまった! そう思ってももう遅かった。
名前をいえばよかったのに。
ほんとにこれじゃ、オレオレ詐欺の出だしの台詞と一緒で余計に怪しまれる。
すると、淳くんは
「え? 名乗ってくれないと困る」
なんて今までの不安そうな声からは一変。彼らしい優しい声になっていた。
この反応、どうやらアタシの声で誰だかわかったみたい。
とりあえずは安心。だけど、なんとなくこのまま会話を続けて普通に名乗るのは癪だなー。
それに、いつまでも照れてたら会話にならないもの。
よし、ここは1つ。からかってやろうじゃない。
「‥‥いじわる。誰だかなんて、わかってるくせに」
名前をいえばよかった。
だけど、
言わなくて、結果オーライ。そんな気がした。
だって、もう淳くんと話せるような気がするから。まだ照れて恥ずかしいけど。