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いとこの襲来宣言

 久しぶりによく眠れた日の朝のことだった。

 その日は土曜日で出かける用事もなく、のんびりとリビングでくつろぎながらコーヒーを飲んでいた。


 そろそろ9時になろうかという頃、スマートフォンの着信音が鳴った。

 画面を覗くと、どうやら父親からのようだった。

 話すのは、兄の葬儀以来初めてだった。

 

 「もしもし」

 「おう! 出ないかと思った。‥‥いや、なんでもなかったけどな」


 なかなか連絡を取り合わないこともあり、心配するようなことではない時は、なんでもない、と言って電話するのが父の癖のようなものだった。


 何もこれといった用事がない、そう言いつつもどこか慌てたような声だった。


 何か、あるな。

 直感的にそう思った。


 急ではない、けれども伝えたいことがある、といったところか。


 とりあえず、やることもないし話だけでも聞いておこう。


 「で、何かあったの?」


 「あぁ、花巻の方でな」


 どうやら親族関係のことのようだが、花巻、か。


 花巻は母親の実家があり、幼い頃から馴染み深い土地だった。

 ただ、あることをきっかけに僕は少し心のなかで距離を置くようにしていた。


 「高校卒業してから横浜に行ってた子がいたのは覚えてるか?」

 

 まさか。

 あの人の話だとは思わなくて、思わずドキッとしてしまった。


 なるべく悟られぬよう平然を装って答えた。


 「あぁ、なんとなく」


 「あなたに会いたがってるみたいだぞ。どうする? 春休みだから、仙台に行くって話してたようだが」


 「‥‥え」


 来る、のか。

 なんか、唐突だな。

 

 「忙しかったか? 無理にとは言わないだろうから、やることあったら別に会わなくても大丈夫だろう」


 「あ、いや。‥‥暇してた」


 「なら、いいな。連絡先知らないみたいだから伝えておくからな」


 「お、おう」


 花巻の、いとこ、‥‥萌ちゃんか。

 会うのは、いつぶりだったか。

 記憶が定かなら、中学校の部活動の県大会にたまたま居合わせて以来だろうか。

 だとすると4年ほど前のことになる。

 高校生の時には、会ってないはず。

 未だに、会いたいと思っていることに驚きつつ、いとことの思い出を懐古した。


 そう、あれは小学校4年生の時に二人で花巻祭りに出掛けた夏の日のこと。

 地元のデパートを手をつないで歩く。何か買うでもなく、ただ、親しげに歩いていたら、後ろの方で声をかけられた。同じくらいの年の男の子だった。

 

 「白石、男とつきあってるの? てか、似合わなすぎ」


 その時、白石萌は、スカートを履いていた。普段はあまり履かないらしい。いつにもなく、お洒落な感じの格好をしていた。

 

 「野蛮人でもそんな格好するのか。変なの」


 明らかに馬鹿にしたような態度で腕を組んで、見下しているのがわかる。

 隣で震えているのが伝わってきた。


 「‥‥なんだよ。いつもみたいに言い返してこないのか?」


 さらに挑発するように、男の子はからかってきた。変顔して、舌まで出している。

 

 流石に、無視するわけにもいかないだろう。

 そう思って、この時、僕は何か言い返した。間違いなく、この生意気な男子にガツンと言ってやった。

 だけど、なんて言ったのかまでは思い出せない。

 はっきりしていることは、僕が何か言ったことで、


 「ちくしょー!! おぼえてろよー」


 なんて捨て台詞を吐いて、男の子が逃げていったこと。それから、その時以来、萌ちゃんから熱い眼差しを向けられることが増えたこと。



 そんな昔のことを思い出していると、着信があった。未登録の番号。市街地局番ではなかった。

 少し、出るのに躊躇った。だけど、ひょっとすると萌かもしれない。

 恐る恐る、着信ボタンに触れた。


 「も、もしもし? えっと、どちら様ですか?」


 不思議なことにすぐには返事がなかった。

 まさか、いたずら電話だろうか。

 少し、沈黙の時間が流れた。


 返事がない。どうしよう。


 「‥‥あの? 誰だかわからないので切ってもいいですか?」


 すると、慌てたように早口で


「ちょっと! 待ってよ。アタシよ。切らないで」


 声で、誰なのかわかった。だけど、


 「え? 名乗ってくれないと困る」

 すぐに返事がなかったことで、少し仕返ししたくなって誤魔化すように言った。


 「‥‥いじわる」


 少し怒った声。やりすぎるとあとが怖い。ほどほどにしておこう。

 というか、最初から名前をいえばいいのに。僕がいえたことではないけど。


 「ごめん。萌ちゃん、だよね」


 「うん」


 やはり相手は、白石萌だった。

 久しぶりに聞いた声は、昔と変わっていなかった。

 やや鼻にかかる女性にしては低めの声。

 いわゆるハスキーボイス‥‥‥

 あれ、いつもより、ちょっと高いかも。気のせい? 

 なんとなく、照れたような感じ。


 そんなことよりも、なぜか騒がしい。萌ちゃん以外の声が混じって聞こえてくる。

 

 「なあ、他に誰かいるの?」

 「え? ‥‥うん、まずかった、よね」


 「いや、大丈夫。‥‥ただ、想定してなかっただけ」

 「そう。ごめんね。どうしても付いて来たがるから」


 ガヤガヤと、電話越しに騒がしくなる。

 どうも男の人らしいとか、相手は誰なのとか、こんな萌さま初めてみたとか、乙女の顔になってるとか、そんな感じの声が混ざり合って聞こえる。こちらには、お構い無しといった感じだ。

 3人よれば、なんとやらという言葉がある。人は集まると、時に予想もしない力を発揮するものだ。

 単純な足し算で影響を増すのではない。それ以上のことが起きる可能性を秘めている。

 例えば、知恵を出すのに、一人では限度があるが3人居たらどうだろう。結果は全く違ってきて、アイデアは遥かに多く生まれることだろう。これを文殊の知恵という。

 それも踏まえて、いま、声が混ざり合って聞こえていることを想像する。

 色んな言葉が飛び交っている。それも、十代の女の子が3人だ。


 女、女、女。3人寄れば‥‥‥。

 

 「大丈夫? 疲れない?」

 「あ、ありがとう‥‥アタシは平気。慣れてるから」


 そういうわりには辟易しているように感じる。普段が活発な彼女だから、余計そう感じるだけかもしれないが。

 ただ、この電話口のやり取りを聞いてると、


 「二人で会いたかった」


 思っていたことがつい口から出てしまう。何いってんだ。


 「は、ひ!? そ、そうね」


 電話口はまだ騒がしい。萌以外の黄色い声援のような甲高い女性特有の声。実に姦しい。

 たしかに、声がする。その割には、なんて言ってるのかはさっぱりわからない。


 「ごめん、変なこと言って」


 「う、うん‥‥いいよ。だって―――――」


 周囲で一際大きな、キャーキャー騒ぐ声。今度は何を言ってるかわかった。


 (顔真っ赤、かわいい、そんな顔みたの初めて)


 そんな声にかき消されて、途中から萌の声が聞き取れなかった。

 

 「あの、最後なんて言ったか聞こえなかったんだけど」

 「あぅ‥‥な、なんでもない」


 バツの悪そうに誤魔化された気がする。まぁ、いいか。

 それより、萌はなんで電話してたんだっけ。

 一瞬考え込んで、すぐに思い出す。

 そうだ、僕に会いたい、みたいなこといってたな。父曰く、仙台に行くとかなんとか。


 「ところで、今はどこにいるの?」

 

 すると、驚く答えが帰ってきた。


 「えっとね、もう仙台駅」


 早い。早すぎるよ。もう仙台駅、だと。だって今‥‥‥。

 部屋の時計を見た。起きてから1時間半ほど経っただろうか。

 休日の、のんびりした午前10時にそろそろなろうかという頃。部屋着のまま着替えてもいない。

 予定なんてなかったはずで、たまたまスッキリ寝て起きた日に、久しぶりの親からの電話があって、それから‥‥‥。

 展開が早くないか? というか、行動力、凄すぎ。あれ、前からだったか。活発なのはいつものことか。


 「ずいぶん、早かったな。もう来てるなんて思わなかった」

 

 すると、彼女にしては珍しくこういった。

 

 「来ちゃった、てへ」


 あざとい感じ。でも可愛く。そんなこという子じゃなかったと思っていただけに、不覚にも言われたこっちが恥ずかしくなった。


 「お、おう」


 「‥‥‥あのね、来たのはいいんだけど、アタシ、仙台初めてなの。できたら案内してほしい‥‥って、だめだよね。流石に急すぎるよね」


 そういわれて、断るわけにはいかない。そもそも、断る理由がなかった。予定があるわけでもない。


 「いや、いいよ。大丈夫、今から」


 今から行くよ、と言いかけて、何かおかしいと気づく。


 プッ、ツー、ツー‥‥‥―――――。


 あれ? 電話切れてないか? まじかよ。

 ど、どうする。でも、待ってるよなぁ。‥‥‥行くしか、ない、か。


 僕はソファーにどっかり座っていた重い腰を起こし、立ち上がって、急いで着替えた。


 出掛けようとして、玄関先でスマートフォンを覗くと他に着信があった。伊藤くんからだった。


 あ、まぁ、いいか。


 僕はとりあえず無視した。その後、そんなことより、仙台駅へ向かうことにした。何度かけても繋がらない白石萌の元へ急いだ。

 

 

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