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友達への相談

 それは、半年ほど前のこと。

 つまり、季節は涼しくなり始めた9月半ばの出来事だった。


 病院から連絡があり、父親を経由して、兄が亡くなったと告げられた。


 生まれつき心臓が弱くて、先天性心疾患を患っていた兄は、病弱とは名ばかりの行動力溢れる振る舞いばかりで、とにかく無茶苦茶する人だった。

 ただ、気遣いはきちんとする人で、周りの心配ばかりして困らせたり、平気な顔で「大丈夫、なんとでもなる」といって何にでも全力で駆け回っていた。

 流石に、心と身体が追いついていなくて、兄の意志とは裏腹に入退院を繰り返す。そんな兄が闘病しながら人生を送っているのを、僕は目近で見て育った。


 だからこそ、色々と、思うことがありすぎて、考えるほどに頭の中はグチャグチャになる。


 喪失感、絶望、この先、どうしたらいいんだろうか、そんな思いに襲われる。


 僕にとっての兄は、かけがえのない家族であることは言うまでもなく、尊敬し、頼りにしていた人だった。

 いつも、兄の背中を見ていた。

 努力家で、真面目で、優しくて、ひたむきで、弱音を見せない。

 僕の中の完璧超人。兄には何をやっても勝てなかった。

 年はそんなに離れていなくて、2つ上。

 飛び抜けていないけれど、そこそこ格好良くて、自分よりも背も高くて、何よりコミュニケーション力がずば抜けていて常にグループの中心にいる人だった。

 とにかく、人との関わり方が上手だった。

 それは、察しがいいとか、他人を想いやれるという意味で、とても好印象だった。

 そんな自分の憧れで、格好良くて頼りになる兄は、もう居ないのだ。

 この世のどこにも。

 そして、そんな兄と比べてしまうと、同じ兄弟なのに、



 自分は、なんてちっぽけなんだろうか。



 そんな思いにかられて仕方がなくなる。

 そもそも、比べること自体が間違ってるのは言うまでもないし、自分でそう思い込んでいるだけで周りから比較されて言われたことなんて無い。

 だけど、僕の中では多少なりともコンプレックスではあった。

 心の鎖みたいなものだった。

 いつか兄のようになれるかな。

 1つでも超えられるものが欲しい。

 兄に負けないくらい、自分にしかない良さってないものかな。

 考えてみたけど、これと言ってないね。悔しいけど。


 あ~あ、生きてるうちに褒めてもらいたかったな。

 「すごいじゃん」って言われたかったな。



 人は亡くなると思い出は美化されることがあるけど、この半年ほどで僕の兄に対する思いは美化され続けた。

 生きていた時でさえ、自分の中で敵わなかったすごい人なのだ。

 今や神にも迫るかのごとく眩しく美しい存在へと変わっていた。


 ほんとにさ、僕は、どうしようかね。


 そんなことばかり考えて、

 途方に暮れて、


 どうにも生きる意味が見いだせなくて。


 何をしていいかわからなかった。

 何をどうしたらいいのか思い浮かばない。

 だから、ただなんとなく昼間にフラフラ歩いていたら、知らないうちに何度も市立病院の前を通っている。

 周りはあまり見えてなくて、目の前で起きてることには関心などなかった。


 何もするわけでもなく。

 気がつくと1日が終わっている、そんな感じ。


 そして、夜にはベットで眠れない日が続いて、明け方に気がついたらソファーに座ったまま仮眠しているのだった。


 元々、人付き合いは得意な方ではない。

 むしろ苦手。


 だから、壁をつくって一人でいる時間が多かった。


 とりあえず、何か始めるべきかと思い、唯一ともいえる友人の伊藤くんに相談してみることにした。


 「なぁ」

 「どうした、神妙な顔して」


 何をいえばいいかすらわかっていない僕は、

 とりあえず思ったことを言ってみた。


 「人ってさ、なんで、生きてるんだろうな」

 「え? 大丈夫? もしかして、病んでる?」


 もしかしなくても、病んでるかもしれない。


 友達の反応は馬鹿にするようなものではなく、

 かと言ってさほど心配そうにするわけでもなくて、

 どことなく軽かった。


 むしろ、あえてそうしているような軽い返答だった。


 もちろん、兄が亡くなったことは伊藤くんも知っている。

 その上で、言ったんだろう。


 「あんまり深く考えても仕方ないことってあると思うよ」

 「いや、だけどさ」


 たしかにそうなのだ。

 考えても仕方ないこと。

 ただ、そう割り切れない自分がいる。


 少し考えたあとで、


 少し、

 昔の自分の話をしてみた。


 「中学生だった頃に、進路指導の先生から言われたことがあってな。『人は、一人じゃ生きられない。この先、どうしていくんだ』って」


 やや間があって、


 それから

 伊藤くんは、


 「うん? それで?」

 と、話の続きを促してきた。


「いや、そういわれたって話なんだけど」

「え? それだけ? 何も答えなかったの?」


 伊藤くんは唖然としていた。ありえないものでもみたかのようだった。

 そして、ひと呼吸置いたあと、こう続けた。


 「あれだな。人を好きになりなよ。つまりは、恋だな。うん」


 意味わかんねえよ。僕は心のなかで思った。それ以上、伊藤くんと話が続かなくなった。

 なんで、そうなる? え? なんて言った? 鯉、いや故意? それとも濃いとか?

 

 あまりに自分には縁遠いことで思考回路は停止した。


 今日も空が綺麗で夕陽に染まっている。とりあえず、家に帰ろうかな。


 そして、いつものごとく眠れない夜を迎えるだろう。そう思ってソファーに座ったとき、なぜか思い浮かぶ顔があった。

 それは、女の人。詳しく知らないけれど、名前だけは知っていた。

 ちさちゃん。たしかそう呼ばれてたっけ。

 そんな事を考えながら、ふと思った。

 

 青春とは、恋とは、なんだろうねぇ。


 その夜、なぜだかは分からなかったけど、今までが嘘のように


 僕は自然とベットで寝ていた。

 

 なぜか落ち着いていて、ゆっくり休むことができた感覚があった。

 それがなぜなのかは全くわからなかったけれど


 とにかく僕は普通に寝て、


 いつものことだといわんばかりの朝を迎えた。



 

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