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あの日の記憶と偶然の出会い

 春になると、決まって思い浮かぶ光景がある。季節が変わり、温かな日差しが増えることで生命の蠢き立つのを感じる。春の定番、桜の花はその最たるものだ。


 桜は美しく、しかし儚い。


 散る桜、残る桜もいずれ散る。そこに残るは何もなく、花が咲いていた思い出。まるで、人の命のように。

 なんて、儚いのだろう。けれど、綺麗だ。何よりも。そして、星も、そうだ。


 永久的に変わりのない輝き。夜、見上げれば、そこに現れるもの。

 人は、なぜ、亡くなることを星になると言うんだろうか。

 死んだら終わり、なんて悲しい気持ちはわかるけど。


 あの人も、夜の空に輝いているのだろうか。

 

 人は失ってはじめて、その大切さに気づくなんていうけれど、自分が思い知らされる日が来るとは考えてもみなかった。

 今まで、当たり前だと思っていたことが本当は当たり前なんかじゃなかったって気づいた時は、もうすっかり大人になっていた。

 振り返っても、あの頃には戻れない。今更になって、やっと、気づけたんだ。

 自分すら、大切にしていなくて、どうでもいいって思って生きていたけど。

 こんなにも、命が愛おしくて、尊いもの。そんな当たり前に、今になって気づくなんて。

 命を大切にすることって、こういうことだったのか。


 ひとつ、断っておかないといけない。これから語られるのは、極ありふれた、どこにでもあるような話なのだ。

 世界中のあらゆる場所で起きている、紛争や天変地異なんかと比べたら、全く大した話じゃない。

 偶然、男女が出会ったってだけの、それも、必ずしもいい出会いとも言えない、付け加えることなんて何もない平凡な話になるだろう。


 しかし、これだけは譲れないのだけれど、


 ありきたりで、普通の話ではあるんだけど、僕にとって、いや、僕たちにとっては、特別で一生の思い出になったかけがえのない話。


 本当に、大切に、大切にしないといけない。

 振り返るたびに、僕はあの人を思い出すたび、一緒に居られるこの人と過ごした日々を思い返すたび、


 大事にしたいと思う。


 


 なんであんなこと言っちゃったんだろう。

 聞かれたことに答えればいいだけだった。名前を入力して、送信するのが普通だと自分でもわかるのに。

 ただ、それだけ……でも、そうしなかった。


 なんでだろう。未だにわかんないや。


 いや、わかってるけど、自分でも無茶苦茶すぎてて、わからないことにして自分の気持ちに蓋をしている。


 なかったことにして、自分で自分を苦しめている。だからなのか、いつまでも脳裏から消えない記憶となっていた。ふとした瞬間、考えずには居られなくなるときがやってくるのだった。


 「―――――それでね、‥‥‥って、聞いてる? じゅんくん?」

 

 ぼんやりしてると、女性の声がした。何を言われたんだっけ。わかんないや。よく思い出せない。


 「もう! また、考えごと?」

 「あ、あぁ。‥‥ごめん」

 何を言われたのかピンときてないのに、とっさに謝ってしまった。


 時は3月初旬で、僕の住む東北地方では桜の開花からは程遠い。

春まだ浅く、冷たい風が頬を撫ぜていく。


 遠くの方から、声がした。そう感じた。

 「‥‥‥‥うなら、‥‥あっても‥‥よ」

 途切れ途切れで、よく聞こえなかった。だけど、何か大事なことを言っているような気がした。雰囲気でそう感じ取った。


 顔を上げて、声がした方を振り向いて誰なのか確認したかったけど、

どの方角を眺めても、誰一人として視界には映らなかった。


 おかしいなぁ。

 

 そう思って、視点を間近に戻して

 「うわあ!」

 「!? ‥‥‥そんなに驚かれると思わなくて‥‥‥急に、ごめんなさい」 


 僕は考えごとをして、散歩し始めて、途中になんの気無しに立ち寄った、市立病院近くにある公園のベンチでやや俯き加減に腰掛けていたところだったらしい。

 まるでおばけにでも遭遇したみたいに跳び上がってしまった。

 恥ずかしくなって顔を抑えながら真横を見る。

 すると、あたかもそこに居るのが当たり前だというように、飾り気はないけど可愛げのある、見た感じ十代半ばくらいの女の子が覗き込んできた。

 やや上目遣いで心配そうに歪んだ表情だ。


 「‥‥ちょっと考えごとしてまして。まさか、話しかけられるとは思っていなかったもので、つい」


 繕ってそう答えると、その人は、どこか楽しそうに、表情に微笑みを宿した。

 化粧っ気は一切なくて、あどけない顔をしている。

 いわゆる童顔で、小柄な体型と相まって、そもそも実年齢が定かでないためなんとも言えないものの、

自分よりも幼い印象を受けた。

 ただ、違和感が、ある。


なんだろう。そう思って、ふと、あることに気づく。


 「その格好、もしかして‥‥」


そう言って、僕は病院の方を指差した。

 すると、黙ってコクリと頷いたあとで、驚くことをサラリと言われた。

 

 「私、もうそんなに長くないんです。親とかにはまだ内緒なんですけど」


 ピンクと白のストライプの入った入院着を身に纏い、女の子は平然として言った。

 その言葉や態度からは、死への恐れとか治療による疲労といったマイナスな要素が一切なくて、

活き活きとしたその人らしさが感じられた。


 この人は、自分の人生に納得しているんだな。

 僕はそう思って、最初こそ、言われたことや置かれた状況に驚いたけれど、


 「なんだか、ちょっとだけ羨ましいです」


 なんて、常識的に考えるとありえない返しをしてしまった。


 「‥‥羨ましいって、‥‥そんなこと、はじめて言われましたよ」


 普通に考えて失礼なことを言ったのに、その人は、怒るでもなく、否定するでもない反応をした。


 そして、ひと言


 「‥‥また、会えますか?」


 そう言い残して、遠くから追いかけてきたナースさんらしき人を見て、フラフラした足取りで病院に向かって歩いていく。


 遠ざかっていく先で、患者と看護師としての、日常的になされているだろうやり取りが僕の目に映った。


 車椅子と共に大慌てで駆けつけた看護師は3名いて、遠目から見てもわかるくらい、3名とも汗をかいた表情をしている。


 「ちさちゃん、どこいってたの!?」

 「危ないから、これ以上歩かないで、という以前に、そもそも立つことすら常人ではありえないはずなのに、信じられない」

 「許可なく外出しないでよ、全くもう」


 看護師たちは口々に責め立てているようだ。


 それに懲りた様子は微塵もなく、ムスッとした顔で、女性は


 「だって、つまんないんだもん」


 と、看護師に肩を押さえつけられた状況で言っている。


 「だって、じゃないでしょ」


 呆れ顔で、しかし、車椅子に乗せることができたからか安堵の表情も垣間見えつつ、看護師3名並びにちさちゃんと呼ばれた人は病院の中へ消えていった。


 

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