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猿人と人間

アリスさんの尻尾は、人差し指位の長さと太さで、自由に動かすことが出来た。さらには物を掴んだりすることも出来た。お尻の間に挟んでしまえば、服の上からは見えないようにすることも出来るようだ。

「私たちは猿人なのでございます」

彼女は頬を赤く染めていたが、はっきりと言った。その後、彼女の裸を隅から隅まで子細に見させてもらったが、尻尾以外はまるで人間と同じだった。手も普通、爪も普通、腕も、肩も、胸も、お腹も、背中も、腰も、お尻も、足も普通の人間だった。口の中も見せてもらったが、牙なども生えていなかった。ただ尻尾だけが違うのだ。

「我が国は猿人の国にございます。この国に住む者は、外から流れついたりしない限り全て猿人なのでございます」

「私にも生えているのかな」自分の腰を触ってみたが、私に尻尾は生えてなかった。生えてたら気づくか、さすがに。

「大御神様は人間ですので尻尾は生えておりませんわ」

「人間だけど神様なんですか? それとも神様だけど人間?」地味に気になった。

「大御神様は人の姿をなさった神様にございます」

「なるほど、そういうものですかね」よくわからなかったが、そう言っておいた。

「そのお体に慣れればお分かりになると思います」


その後、アリスさんは二度三度

「お背中をお流しいたします。ご遠慮なさらないでください」と言ってくれたのだが、丁重にお断り申し上げた。アリスさんは少し残念そうに脱衣所から出て行った。人間の体を見てみたかったのかもしれない。

一人になって、振袖を脱ぎ、自分の体を脱衣所の鏡に映してみた。アリスさんは背が高くて肉付きも良く、母性すら感じさせる体だった。一方の私はというと、背丈はやや低くてガリガリ、貧相だった。

「いや、知ってるけど」

体を洗って、ヒノキ造りの浴槽に入り、じゃぶじゃぶお湯をかき混ぜた。この世界には人間と猿人というものが存在するようだった。アリスさんの口ぶりではさるじろさんもすずちゃんも、巫女さんの二人もたぶん尻尾が生えているのだろう。人は見た目では分かりませんね。


お風呂を頂いて部屋に戻ると、すぐにすずちゃんが晩御飯を持って来てくれた。白ご飯とお味噌汁、がんもどきと野菜の煮物が少々、ほうれん草のお浸しが少々、お漬物が少々、精進料理というものだろう。

すずちゃんは私の左側にちょこんと座って、私の食事の様子をその大きな瞳でしげしげと眺めていた。

天照(あまてらす)様も御飯をお食べになるのですね」すずちゃんは感心したように言った。

「食べますよ。私の体は人間ですもの」全く空腹ではなかったが、食べようと思えば何でも食べられた。

「人間も御飯を食べるのですね」繰り返して言った。そっか、この子も人間を初めて見るのか。

「すずちゃんにも尻尾があるの? ご飯を食べ終わったら見せてくれない?」

「尻尾は家族や将来の夫にしか見せてはいけないと、父上にきつく言われておりますので……」急に真面目な顔をした。私の腰は触りまくったくせに調子が良い。

「アリスさんは見せてくれたのに」

「姉様は特別ですわ。猿人の代表として天照様に尻尾をお見せしたのです」

つまらない。

「そういえば昼間、私の顔をちらちら見て笑ってなかった? 私の顔ってそんなに変?」つまらないので意地悪な質問をしてやった。

「あれは……」と少し言いよどんで、

「天照様が人間の少女のお姿で降臨されるのは聞いていたのですが……」

「うんうん」

「人間というものをこれまで見たことが無くて……」

「ほうほう」

「人間も猿人も尻尾以外の見た目は同じとは聞いていまして……」

「ふむふむ」

「本当に猿人と変わらないお姿だったから、つい面白くて笑ってしまったのです」

「なるほど」

「面白いっていうのは……わが国ではなくて大陸での話なんですけど、人間が私たち猿人や他の亜人たちを差別しているという話を父上がしていて、でも猿人も人間も見た目はほとんど同じなのになぜ差別するのだろうと不思議に思ったのです」

「そうだったんだ」すずちゃんは一生懸命話してくれた。

「天照様のお顔はとてもキレイでお美しいと思いましたのよ」

「ありがとう」私は苦笑した。子供にフォローさせてどうする。

食器を下げてくれる時にすずちゃんは

「天照様はとてもお優しい方でしたのね。もっと冷たくて意地悪な方だと思っていました」と言って笑った。とても愛らしい笑顔だと私は思った。


翌朝、朝御飯を頂いた後アリスさんに呼ばれ、私は例のとてつもなく広い部屋にやって来た。さるじろさんとアリスさんが正座していた。書物を何冊か用意していた。

「おはようございます! 大御神」二人は畳に額を擦るように頭を下げた。

「おはようございます。さるじろさん。あなたも猿人なのですか? 」あいさつもそこそこに私は聞いた。

「さようにございまする」頭を畳に着けた状態で彼は言った。

その後、さるじろさんはこの世界のことを説明してくれた。私も正座をして聞いた。


この世界は一つの大きな大陸といくつかの島で構成されていて、世界の東側には猿人や獅人、猫人、犬人などの亜人が住み、西側には人間達が住んでいた。我が神州は大陸の東に浮かぶ列島であった。亜人と人間の住む世界は、厚い氷土と広大な砂漠により隔てられ、長らくあまり関わらずに生活していた。しかしここ数十年の間に、人間側は技術力を発達させ、亜人達の住む地域にまでその勢力を拡大して来た。もちろん亜人達は人間を追い払おうと抵抗したのだが、人間に勝つことは出来なかった。

「人間は魔力を使いまする」さるじろさんは私の方を見て、暗い顔をした。

亜人の方が腕力や体力では人間よりも優れているのだが、人間の持つ魔導兵器には太刀打ち出来なかったという。ある国は降伏し、ある国は人間達に沢山の特権を与えて和平を結ばざるを得なかったという。

「我が神州には神術結界がありますゆえ、人間達の侵略を防いでおるのでございます。しかし、神術結界がいつ破られるやも分かりませぬ。神州を守り、人間達に神罰を与えるためにも大御神には何卒(なにとぞ)お力添えをお願いしたい所存なのでございまする」そう言って再び頭を下げた。とても深く。

「えーと、すみません。あの……魔力とか神術とか言われても、ちょっと良く分からないと言うか、私はそもそも、私のことを皆さん神様だって言うけど、私は普通の人間……なんですよ。この国を守ったりすることはちょっと難しいというか……」

「それはまだ大御神のお力がお目覚めになっていないだけにございます」

「目覚める? 目覚めるとは?」

「はい。今の大御神はまだ神様の卵のような状態なのでございます。神様のお力をお使いになりたいと切に願われた時、卵は孵り、お力が使えるようになるのです」

「切に願う?」

「はい。この国の民を守りたいというお気持ちがございましたら、それで十分なのでございます。我が皇国の興廃は大御神のお心一つに掛かっているのでございます」

「うーん……」これは安請け合いしてはいけないことだろう。

「皆さんには本当に良くして頂いてますし、高天原の景色は美しいし、この神社も新しくてキレイだなとは思います。だから、出来ることならお力になりたいと思っています。でも、だからと言って直ぐにこの国を守りたいとか、この国に住む人たちを守りたいとか心から願うことは出来ません。まだこの世界に来てから日が浅いし、この国の事をほとんど何も知らないのですから」

「はえー! なるほど、おっしゃる通りにございます。それならば、大御神にはもっとこの国を知って頂きたく存じます。来週帝都にて端午(たんご)のお茶会が開かれます。この国を治める帝や様々な閣僚達が集まってお茶を飲みながら世間話をする場にございます。帝都見物も兼ねてご出席なされてはいかがでしょう」

「わかりました」断る理由が見当たらなかった。



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