身を切る改革
ワンボックスカーの上から立候補者が自分の政見を訴えている。
「ああ、選挙が始まったのか」
道行く人の、少なくとも半分くらいの人は、おそらくその程度の興味しか無いというのは、誰でもなんとなく知っている。
それでも今回の選挙は、何かしら不安を抱えた民衆に多少なりとも選挙への興味を持たせているかもしれない。
「今こそ、議員自らの身を切る改革を実行しなければなりません!」
マイクを握りしめたスーツ姿の中年男性が来る前の上から道行く人に前のめりに声を上げている。
コーヒーショップで一息つきながら本を読んでいた男性は、
「落ち着いて本も読めないなぁ……。あの候補者、演説の中で、もう3度『身を切る』と言ったな。議員の利益を削っての意味で言っているのだろうが、今あの人が言ってる利益は、庶民からしたら納得のいかないものだろ。それを削るのは、正しい形になったというだけのことじゃないか。ちっとも『身が切れてない』よ」
そんなことを思いながら、少し離れた駅頭の人だかりを見ていた。
選挙カーから響く演説に、空虚な反論を心に描く人がいる中で、新たなひらめきを受ける人もいた。
電車の運行遅延に頭を悩ませていた、ある電鉄会社の幹部がいた。彼は駅頭の選挙演説を聴いて、
「身を切るか……身を切る。そうか、電車の遅延がこれで少なくなるぞ!」と飛び上がった。
この幹部の提案はすぐに試験導入された。
駅を出発する電車を見送りながら、
「どうだい。どの電車も時刻ぴったりに発車できるじゃ無いか!」
幹部は満面の笑みで傍らの部下達に言った。
「は、はい。素晴らしい成果です」
部下達は拍手で電車を見送った。
幹部の発案により、電車のドアには、素晴らしい切れ味のカッターが取り付けられていた。
時間が来れば、すーっと閉まり、有無を言わさず、カバンだろうが、なんだろうが……。