とある婚約破棄騒動
初投稿になります。よろしくお願いします。
「醜い嫉妬に狂い、彼女にした非道の数々、許し難い! そんな性根の腐った女を将来の国母にすえる事など出来ない! 私はここにネーティエ公爵令嬢との婚約を破棄し、新たにデイジーとの婚約を結ぶと宣言する! 我が妻になるのはここにいるデイジー・レーゲンヴルム男爵令嬢だ!」
私はこの国の第一王子、アンヘル・M・トゥーレイツ。プラチナブロンドの髪にアイスブルーの瞳。この薄い色素のせいだろう、巷では氷の王子、などと言われている。
たった今、王家主催のパーティで重大発表を高らかに宣言したばかりだ。
傍らには愛しい女性、デイジー。ふわふわのピンクブロンドと空のように青い瞳。その名の通り可憐で華奢な彼女を私は抱き寄せる。これからデイジーを守り慈しんで立派にこの国を繁栄させなければ……!
対峙するのは長年私の婚約者だったミカエラ・N・ネーティエ公爵令嬢。漆黒の長い髪と翡翠の瞳。夜の女王などと揶揄されている彼女は、突然の婚約破棄にさぞ慌てふためくであろう……と思ったのだが。
「恐れながら殿下、前提条件が、色々と、破綻していると思いますの」
いつも通りの冷静沈着で澄ました美貌。美しい扇を静かに畳みながら彼女は私の目を正面から見つめる。慌てて……などいない。何故だ?
「まず。“醜い嫉妬”とやら、ですが。まぁ、婚約者に纒わり付く小虫がいたら煩わしく思うのは普通の事ですよね? でも、今までも殿下の周りを纒わり付く小虫、おりましたのよ? 覚えていらっしゃいません? カーク侯爵家のリリアさま。あるいは、スパンジェン伯爵家のルチアさま。あぁ、王子宮の侍女セリカも煩わしかったですねぇ。覚えていらっしゃいませんか?」
彼女らは私に纒わり付いて居ただろうか……?
「まず基本的に、殿下。令嬢たちや侍女の存在はご存知で?」
「バカにするな! 知っている!」
「でも、纒わり付かれたご記憶は、無い。ですよね」
殿下は基本的に薄情ですから、と言って笑う公爵令嬢。
「殿下はご自分の興味が惹かれる物でないとご記憶にも残されませんもの。有象無象に冷たい氷の王子、ですものね」
にっこり笑顔。なのに目が笑っていない。しかし。私は周りにそんな風に思われていたのか? 有象無象に冷たい……か?
「そんな殿下が、男爵令嬢の事は記憶に残し、彼女の言い分のみを聞いた。つまり、既に殿下のお心内では不貞が発生しておりますの。ご理解頂けます? ただの友達、とか、相談を受けていただけだとか、言い訳を伺った記憶もございますが。殿下の記憶に残った、つまりお眼鏡に適った時点で“普通の令嬢”や“ただの友達”などではあり得ませんわ。特別な人、恋する人、愛する人、つまり恋人です。
ですから、まず、“ 真実の愛を見つけたから婚約解消しよう ”とわたくしに提案するのが先ではございませんか? わたくしも鬼ではありません。殿下が真摯にお願いしてくださるのなら、婚約の解消を受け入れるのも吝かではありませんわ」
「その、私の恋人に貴様は酷いいじめを」
「してません。男爵令嬢には。当然でございましょう? 殿下は言い出したら聞かな…お考えを曲げたりなさらない方ですもの。他者が何を言おうと聞く耳持たな…何をしても無駄なのは長年お仕えしていたわたくしは了承しております。殿下の恋人にわたくしが何かをしても現実は変わりません、虚しいだけですわ。わたくし、この世の中で無駄を最も嫌いますの。
だから、手出しなんてしておりません、男爵令嬢には」
まるで男爵令嬢以外の他の者には“何か”したような口振り。ちょっと怖い、かも。
「そもそも、政略結婚なのですよ? 殿下。先程も申し上げました通り、ご相談頂けたなら、そこの男爵令嬢を側室にあげることも了承致しましたし、この婚約自体を解消する事も出来ましたわ。えぇ、政略結婚を前提にしておりますのよ? 嫉妬に狂う為には愛情の存在が必要不可欠ですわ。殿下はわたくしに愛情をお持ちでした? お持ちでないでしょう? わたくしもですわ、愛などありません。おあいこ、でしょう? 政略なのですもの。ですから “嫉妬に狂って非道をなす” 事など、出来ませんしわたくしには必要ありませんの。ですからわたくし、前提条件が色々と破綻していると、申し上げたのです」
え、えぇと……ミカエラは、私を、愛していなかった……のか。
「でも! あたしは酷いイジメを受けました!」
デイジーが震えながら声を上げる。可哀想に、怯えてるではないか。なのにミカエラは冷たく言い放つ。
「そりゃあ、婚約者のいる男性に擦り寄るような阿婆擦れですもの、何処かで誰かの恨みを買っても仕方ありませんわね。わたくしが貴女に手を出す以前に周りの貴族女性全てを敵に回しているご自身を顧みる事をお勧め致しますわ。
貴族の在り方をお勉強させなさいと、男爵家には伝えたはずですがねぇ…」
「だから、それが貴様の息のかかった者が仕出かした事であろ…」
「嫉妬に狂ってもいないのに? そんな無駄な事を? このわたくしが? 有り得ませんわ。まだ仰りますの? 何を勘違いをしていらしたのか存じませんが、わたくしが嫉妬に狂って醜いいじめ、とやらをしていたと? それをこの衆人環視の中、わたくしに突き付けると?
殿下が、今、なさろうとしている事こそ! 酷い横暴です! 身分差を笠に着た『いじめ』です!
わたくしに有りもしない冤罪を被せ、社交界に醜聞を晒し、公爵家が娘にあるまじき辱めを受けさせる、これ以上のいじめは有りませんわっ!」
ミカエラの凛とした声が響き渡る。堂々としたその姿は神々しくもある。
徐々にザワつくパーティ会場。非難の視線が突き刺さるように私に降り注ぐ。
「残念ですわ、殿下。婚約解消のご相談も頂けず、ただ横暴な振る舞いを続けると仰るなら此方にも貴族の、公爵家としての誇りが御座います。受けて立ちましょう! 元老院裁判に、この件提訴いたしますわ。殿下の仰る、そこの男爵令嬢に対するわたくしの『酷いいじめ』とやらがあったのか無かったのか、第三者である法廷で真実を明らかに致しましょう! 我が公爵家が総力を挙げて闘わせて頂きます! では、法廷でお会い致しましょう!」
啖呵を切り、颯爽とドレスを翻し(カーテシーもとらず)私の前を去る公爵令嬢。迂闊にも格好良い、と思ってしまった。
ミカエラが言っていた“ 私に纏わり付く小虫 ”とやらを調査させた。
カーク侯爵家とスパンジェン伯爵家それぞれに令嬢の安否確認をしたら、彼女たちは既に結婚していた。辺境伯家だったり、侯爵家だったりとそれぞれがネーティエ公爵家に紹介された良い縁談だとご満悦な様子だった。(結婚した令嬢本人の意向は不明)
因みに王子宮の侍女はいつの間にか総入れ替えしていた。筆頭侍女までも、いつ代わったのだろう……記憶にないが執事曰く、ここ数年で皆良縁に恵まれての部署替えや円満退職らしい。知らなかった。
執事はため息まじりに言う。
『あのように、全てに目が行き届き素晴らしい差配をするご令嬢など、そうそう居りますまいに…将来の国母にふさわしいお方でしたと、この爺は愚考しますが……』
そして首を振り残念そうに私を見て呟くのだ。
『お宝をお捨てになりましたなぁ………いや、折角籠に押し込めておいた猛禽を空に放ってしまったと言うべきか……年寄りの戯言で御座います……失礼致しました』
裁判は行われなかった。
ネーティエ公爵家からの提訴はあったが国王陛下が示談を持ちかけ、それが受け容れられたのだ。示談の条件の一つとして、私とミカエラの婚約は解消された。
母上には特大の雷を落とされた。
ミカエラとの婚約こそ、私が王太子になる絶対条件だったと泣かれた。
母は第二夫人で伯爵家の出身だ。たいした後ろ盾もない私に付けた最上級の守り刀だったのに、なんて事を仕出かしたのだ愚か者と罵倒された。
第一王子なのに王位継承権を剥奪された。
せめてミカエラに謝罪をしたいと申し出た私に、王妃陛下は残念そうな瞳を向けた。
「あの示談要項の一つに、そなたとの接見禁止があります。二度と相見える事は叶いません」
同じ歳の異母弟が私に言う。
「兄上は女性を見る目がないですね。あんなに美しくてスタイルも良くてしかも賢い女性、僕は他に見た事ないのに。まぁ、兄上には“夜の女王”であり “断罪の大天使” より“ 道端に咲く小花 ”のほうがお似合いって事ですかね」
暗に女王の隣に並び立つ王には成れないと言われたが、その通りだ。デイジーとの婚約は許された。王位継承権のない王子はいずれ臣に下る。私はレーゲンヴルム男爵家の婿に……なる。
ミカエラ・ネゴトワ・ネーティエはもうこの国にはいない。隣国の大帝国皇帝に請われて嫁いで行った。彼女なら、強く賢く美しく民を導く誉れ高い皇后にいずれなるだろう。
アルファポリスさまに投稿したのと若干修正。
ディジーちゃんのおうちの名前を変更しました。レーゲンヴルム:ドイツ語でミミズの意。ドイツ語カッコいい!
誤字報告、ありがとうございました!