09.大学4年生・秋(その4)
さて、これからどんなつまらない話が始まるのだろう。
「時間が勿体いないから今日の議題を始めよう」
長官が歳の割によく通る声で口火を切る。私たちを待たせてたのはお前らだけどな。だがこのおっさんも昔、水泳でメダルを取っていたはずで、その知名度を活かして政界入りした。今のメタボ体型からは考えられない。
「今日集まってもらったのは長崎さんの進路についてだ。都立の教員になると聞いた。あなたなら良い教師になるだろう」
根拠もなくよく言う。それにそれで話が終わるとは思えない。
「だがあなたは今現在、この国に欠かせないバレーボール選手でもある。その2つをどのように両立させるか、それが今日の議題だ」
恐れ入ります。そんなふうに私は頭を下げた。油断はできないが少し気が緩んだ。私が教師になる前提で話が始まったからだ。だがその期待はすぐに裏切られた。
「4月になれば長崎さんは教育委員会に任用される、同時に東京ジヤンパーズに出向、官民交流の良い先例になるだろう」
はあ? 何言ってんの? 明らかに私の意思を無視した発言だ。
「今の長官のご発言は、この場にいらっしゃる皆様の総意なのですか?」
もしそうならば、すぐにこの部屋を出ていかなければならない。
「違います。ですが長崎さんがそれを望むならば、そのようにすることは可能です」
長官の隣の親玉その2、すなわち文科省の大臣閣下がそうおっしゃった。でもその真意はわからない。なお、こちらの方がやせ型で元水泳選手と言われても違和感がない。
「私の希望を汲んで頂けるとのこと、ありがとうございます。この時期からまた就職活動やブログ活動を再開するのも手間がかかるので」
最初に自分の意思を示しておくことは必要なことだ。こいつらは二十歳そこそこで社会に出たことのない小娘ごとき、自分たちの思いのままにできると思っている。それがありありとわかるからだ。
ブログ云々はブラフだが、こんなインターネット全盛の時代に、汚い手段で人をやり込めて、それが明るみに出ないなんて思うなよ? 私にはSNSにも動画サイトにもフォロワーがいっぱいいるのだ。
すると、教育長が私をフォローしてくれる。
「長崎は音楽教師としての資質と熱意が高く、青少年の育成に存分に貢献してくれるものと確信しております」
そう言って私をちらりと見た。呼び捨てに変わったのは、既に私が彼らの身内であることを強調しているのだろう。実際にはまだ任用通知をもらっただけだ。
「それは彼女が大学時代に履修した講義を見ても明らかです。1年生の時から教職関係はもちろん、声楽、管楽器、指揮、作曲、それに西洋のみならず世界各地の音楽史というようにかなり幅広く履修し、好成績を上げています。これは進学当初から、音楽教師を目指していたという彼女の熱意を客観的に示しております」
さすがは教育長だ。教職を取るには1年でないと履修できない教科があるし、西洋音楽史や指揮が必修科目であること、そして肝心のクラッシックビアノ科の教授ウケがいまいちなところなどはまったく触れない。もしかしたらご存じない?
「しかし教育長、資質と熱意を兼ね備えた音楽の先生は東京都内に何人ぐらいいらっしゃいますか?」
いきなり長机の反対側からバレー協会長の声が割り込んだ。
「どんなに少なく見ても10数人はいらっしゃるでしょう。日本全国だとその10倍以上ですよね。ですが、オリンピックの同一大会において、バレーボールで複数の金メダルを取得したのは、これまでの歴史の中で世界中にたったの2人しかいないのです。その希少性がわかりませんか?」
灼熱のムンバイで、あのバカげた日程を組んだ奴を吊し上げてやる。私と早苗は何度もその話で盛り上がった。あの時もその後も。タイトな日程はわかるけど、同日にビーチとインドアで試合を組むとか嫌がらせとしか思えない。
「そのうちの一人がこの長崎さん、もう一人が鳥羽さんです。二人とも日の丸を背負う代表チームの中核メンバーで、しかもまだ二十歳を過ぎたばかり。これだけの実績を挙げながら、まだまだ伸びしろが楽しみな選手なのです」
高3の夏のインターハイが終わった後、私が受験のために部活を引退し代表も辞退した時、早苗が怒り狂ったのは仕方がないと思うけど、それをマスコミが取り上げて勝手にひと悶着起こした事を思い出した。本格的にピアノを再開して半年で藝大に受かったのは、過去の遺産と咲先生のおかげなのだが、私だって相当に頑張ったという自負がある。
バレーボールは確かに楽しい。だが、一生の職業にできるのは早苗みたいな心も体も強い、ほんのほんの一部の選手に過ぎない。少なくとも私は精神的にも肉体的にも耐えられる自信がない。
私はそれをちょっと言い換えて発言することにした。




