08.大学4年生・秋(その3)
その日、私は東京都教育委員会の人に呼び出された。都教委は新宿の都庁に本部があるが、支所もあちこちにある。でも私が呼び出されたのは永田町の議員会館。なぜ都教委の人が私を国会議員のところに呼び出すのかはさっぱりわからない。受付で学生証を見せ、そこで指示を受けた会議室に入る。
「失礼します」
そこそこの広さの部屋の窓側に10人は並べる長く立派なテーブルがあり、その両端におじさんが2人づつ座っていて、その間の中央がぽっかりと空いている。とても不自然な光景だ。そしてがテーブルに向かいあうようにぽつんと椅子が一脚だけある。3、4人が座るテーブルであれば、採用面接かなにかだと思うだろうが、この長さのテーブルだと不気味だ。
そして座っている4人の男性のうち2人は、親しいわけではないが、顔ぐらいは知っている人だ。
一人は教員志望者向けのパンフにも顔写真が載っていた。東京都教育長、普通の会社なら社長と言ってもいいだろう。いや社長は将来の赴任先の校長だと考えた方が自然か。そう考えると親会社の社長というのがしっくりくる。都知事が、えっと祖父会社の社長か? 孫会社の反対ってなんだろう。
教育長のすぐ隣、長テーブルの私から見て一番左端にはそれより若干若い人が座っているが、なにか見覚えがあるし教育長への態度からこの人も都教委の人だろう。
私は指示された席へと向かう。長いテーブルにポツンと向かい合った一脚の椅子。この後、窓側のテーブルに偉い人達が並んで腰かけ私を苛むのだろう。これが圧迫面接、いやスペイン式尋問ってやつか。ただ、あちらも一枚岩ではなさそうだ。
「東京藝術大学4年、長崎吹雪です。本日はよろしくお願いします」
そう言って着席する。私が誰かなんて当然知っているだろうけれど。
おっさん4人はテーブルの両端に座り、私は一人でテーブルに向かい合う椅子に座っている。とってもアンバランスな光景だ。
「今日は忙しいところすまないね。わざわざこんなところに呼び出して」
まったくだよ。
「いえ、私にとって大切な話だと思うので」
親会社の社長と面談なんて嫌に決まっているだろう。しかもその社長が部屋の隅の方にいるのだ。この代表で支給されたスーツを着るのも嫌だ。でも、でも市販の女性もののスーツは私の身体にはなかなか合わないから、着心地も見た目も高級なオーダースーツが私の一張羅になるのは仕方がない。
「だが、まだこの後何人かいらっしゃるから、もう少し待って欲しい」
「わかりました」
教育長をテーブルの隅に座らせて待たせるってことは、もっと偉い人が来るってことだ。教育長の上司は都知事だけど、ここは永田町だから来るのは国会議員なのだろう。そのあたりはよくわからない。地方分権はやはり夢なのだろう。
その時教育長とテーブルのちょうど反対側、右端から2番目に座っていたもう一人の顔見知りの壮年男性が口を開いた。
「では僕も挨拶しておこうか。久しぶりだね、長崎さん」
「会長、ご無沙汰しております」
会長というのは、日本バレーボール協会の会長だ。大きな国際試合があれば顔を出してくる。一昨年のオリンピックでメダルを取ったことで、その発言力はスポーツ界の外でも大きいと聞く。大会前は厳しく大きな声で激励のようなものをわめき、結果を出したら手のひらを返して猫なで声を出す人だ。この場この人がいるのは嫌な感じがする。
「そして僕の隣の彼は、ジャンパーズの社長だよ。東京ジャンパーズ」
紹介された社長が右端の席で軽く頭を下げる。
「長崎です。よろしくお願いします」
東京ジャンパーズ、名前はダサいが女子V2、つまりVリーグの2部に所属するクラブチームだ。昨年は中位だったと思う。今シーズンはまだ始まって間もないので順位は知らない。
気のせいか教育長と会長は少し険悪そうに互いの顔を見ているようだ。私の警戒レベルは上がる一方だ。教師になるのは止めて、これからはジャンパーズの一員になりV1昇格を目指そう。そんな話になる未来が見えた。
うんざりしてきた。帰りたい。音楽もそうだけど、バレーボールも楽しむものだよ。誰かに強制されてやるものではないはずだ。これは未来の生徒たちに是非伝えたいことだ。
無言のおっさんたちにテーブルの両端を抑えられた居心地の悪い部屋で、私は頭の中で最近作ったオリジナルの弾き語りのイメトレをしていた。最近はギターも人前で弾きこなせるレベルになったので、気分転換にその練習をしているのだ。今は頭の中で楽器をかき鳴らし声を張り上げる。
脳内でラストのサビに入ったところで、何人ものおっさんたちが部屋に入って来た。わーい、逆ハーレムだ。教育長も会長も社長も席を立ちあがったので、私もそれに習って席を立った。
私と相対するテーブルのど真ん中に二人のじいさんが座り、それぞれの取り巻きたちが脇を固める。席の配置からして、この取り巻きたちでも、教育長や会長よりランキングが上だということなのだろう。いったいなんのランクかは知らない。
「長崎です。本日はお忙しいところお時間を頂いて申し訳ありません」
目の前の異端審問官たちの方が私に申し訳ないと思うべきだが、もちろん口にはしない。
ふたりのじいさんの片割れは文科省の大臣だと名乗り、もう一人はスポーツ庁の長官だという。大臣というからにはVIPに決まっているが、それは呼びつけた人を待たせる理由にはならないと思うけどもちろん口には出さない。私はもう大人なのだ。
それにかつて私は、首相やアメリカ大統領に頼みごとをされたことだってある。大臣相手だからって簡単にビビッていいなりになったりするほど世間知らずではない。
私は相対するテーブルの端から端までを見渡す。なるほど、私から見て左側が教育関係者で、右側がスポーツ関係者と言うわけだ。左の端が教育長の御付きで、右端がジャンパーズの社長だ。
それにしても大臣クラスの方々がお出ましになるとは思わなかった。で、これからどんなつまらない話が始まるのだろう?