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音楽室と体育館  作者: 多手ててと


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07.大学4年生・秋(その2)

「皆さま私事わたくしごとですいません。不肖、長崎吹雪ながさきふぶき、都立中高の音楽教諭に採用されました。次の春、私は中学か高校の先生です!」


しかし歓声を予想していたのに、周囲は一転して沈黙に変わった。


あれ? もしかして私、ピアニストになるとか思われてた? 私は初めから教職狙いだったから、肝心のピアノの成績は科の中で成績が良いとは言えない。だって評価はなんやかんやクラッシック中心の課題で付けられるし、それを楽譜通りに弾き続けることはあまり私好みではない。もっと新しい曲も弾きたい。ポップスやジャズをアレンジ、アドリブをガンガン入れて弾くのは楽しいし、自分で作った曲を弾き語りするのも好きだ。もちろんショパンもラフマニノフも、藝大に入って卒業する程度には弾きこなせるけど。


そして、普通の都立だと音楽教師は一人しかいないだろうから、ブラバンや合唱部の顧問を務めることは普通にあると思う。他の楽器や声楽、そして指揮については教職に必須ではない科目も履修している。もしかしたら、私が私立高校出身だから知らないだけで、案外都立だと他の教科の音楽好きの先生が顧問を務めてたりするのかもしれない。


「どうしよう? この微妙な空気。みんなそんなに意外だった?」


私が教育実習に行ってたこととか、この子たちみんな知ってるはずなのにな。その時、少し離れた席の後輩の一人がおずおずと聞いてきた。


「あの、その、吹雪先輩。バレーはどうするんですか?」


ああバレーね。確かにバレーボール部だものな。でも就職先より趣味の話になるのか。


「仕事が落ち着いたら、クラブをいくつか探して、そこで選手としても続けようと思ってるよ」


女子バレーボールは元々日本ではメジャーなスポーツだ。2年前のオリンピックで数十年ぶりとなる悲願の金メダルを奪還した今や、その勢いは留まるところを知らない。日本のお家芸復活。Vリーグはもちろん、学生やママさんバレーまで追い風がビュンビュン吹いている。


だから、平日の夜、あるいは土日だけ有志が集まる社会人のクラブも東京だとそれなりにあるのだ。教員だけのクラブだってあるはずだ。とはいえ音楽系の部活に力を入れている学校に赴任してそこの顧問になったら、土日もつぶれてしまうかもしれない。でも部活で音楽を指導するのも楽しそうだからそれはそれでいい。


「ん? もしかしたら赴任先次第では、バレー部の顧問とかもあり得るのかな? 普通は体育教師がやるんじゃないかと思うけど、経験者だからっておはちが回って来る可能性はあるね」


まあバレー部を指導するのは大学で慣れてるから大丈夫かな。そういう意味では本業の合唱やブラバンの方が心配。音楽の指導はこれまで散々されてきたけど、高校生相手に指導したのは教育実習の時だけだからね。中学生にはまだ一度もない。


だが、この場の雰囲気は沈んだままで、後輩たちはまったく納得している様子がない。少しの沈黙の後、別の後輩がわざわざ挙手した上で私に聞く。


「私、吹雪先輩はVリーグの実業団かクラブに入るんだと思っていました。もしかしたら鳥羽とばさんみたいにトルコとか、あるいはイタリアとかの海外のチームに行くんじゃないか、っみんなで話していました」


ああ、確かに私にもそういうお声がかかったことがある。だが私が目指してきたのは教職だ。バレーや自分の演奏は趣味でも続けることができる。まぁ趣味で何かを教えている人もいるだろうが、やっぱり先生がいいよ。私にこれまでいろんなことを教えてくれた先生や、ドラマみたいに生徒に慕われる教師になりたい。


「だって先輩は、高校の時から日本代表に選ばれてますよね? オリンピックで金メダルを獲ったチームのレギュラーですよね? ビーチにも手を伸ばして2冠達成しましたよね? 今度の世界バレーにも呼ばれてますよね? なぜ藝大うちのバレー部にいるのかは今更聞きませんが、卒業後にプロ契約どころか、Vリーグのチームにも入らないんですか?」


後輩の目には少なからず非難が込められているのに気が付いた。ええっとね? 君たち藝大生だよね。将来の進路ちゃんと考えてるの? みんながみんなプロの画家とかオケの指揮者になれるわけがないんだよ。都立中高の音楽の先生なんて、この学校の就職偏差値で言えば65は十分あるよ。でもなんて言えばいいのかな?


私が黙っていると他の後輩たちが部屋のあちこちで話を始め、一部はヒートアップしている。


「ちょっと、何言ってるのよ」

「吹雪先輩は先生を目指してるって、ずっと言ってたじゃない」

「公立高校の先生って色々と大変なんじゃないの? 部活の顧問とか」

「私も先輩は絶対Vリーガーになると思ってた」

「でもピアノも歌もすごい上手いじゃん」

「都立の教員は公務員だから副業もダメなはず」

「先生になるのは選手を引退してからでもなれるでしょ!!」

「ちょっといい加減にしなさいよ、先輩困ってるでしょう」


みんなに就職を祝ってもらうつもりが、なんでこんなことになったのか。とは言えそれなりに深刻な問題ではある。公立の教師が副業を認められないのは当然私も知っている。だが例外はあって、本業に影響がなく、教師の名前を汚さないものなら、教育委員会が許可してくれる場合がある。


アマチュアのバレーボールは趣味だから問題ない。もし、今後も代表に選ばれるようなことがあったら、その時は手当がでるけど、それは教委の許容範囲内ではないだろうか? いや、合宿とか遠征が本業に影響するからダメか? 音楽室に立てない日が多くなるだろう。


でも履歴書にも書いたし、面接でもバレーはもちろん、ちょっとしたコンサートに出た時のことも話したから、教委も考え無しに私を採用したはずがない。そもそも代表の層は厚いから、教師になった私が代表選手に選ばれるかというと相当疑問だ。そしてもし、選ばれたとしても教委の許可が出なければ、当然辞退することになる。私はプロの教師になるのだから、それが当たり前だ。

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