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04.新任音楽教師(その4)

どうやら私がこの学校の教員になったということを、少なくともこの子は知らないよようだ。


「じゃあ最初に見つけてくれたあなたには特別にね。他の子はまた今度ね」


こういうのは一人にすると全員にする羽目になることが多いので、そうならないように釘をさしておく。また今度というのをどう理解したかはわからないが、自分が顧問を務めるバレー部員と仲良くするのは大切だ。男子部員だと、私自身のトレーニング相手になってもらえるかもしれない。その子と握手をしてから体育館の中央に移動した。男子生徒は徳原とくはら先生が女子生徒は種村たねむら先生が生徒たちをまとめてくれる。この2人が男女それぞれのバレー部の顧問だった。今からは私が顧問になる。


女子バレー部の選手たちは私が男子生徒と握手をする前から歓声をあげていたから、私が何者かは知っているはずだ。誰も駆け寄ってこないのは、種村先生がそう指示しているからだろう。教師の指示を振り切ってきたこの男子生徒の方が少数派ということだ。女子部員が男女双方のコートを分けていたネットを持ち上げてくぐり、男女双方のバレー部員が体育館の中央に集められる。


「みんなこの人のことは知ってるわよね?」


種村先生の声に女生徒たちの黄色い声が飛ぶ。男子生徒たちもガヤガヤしながら盛り上がっている。


「代表の長崎選手ですよね?」

「すごーい。ホンモノの長崎選手だ」

「せんせー、長崎選手の知り合いなんですか? うちのOGじゃなかったですよね」


男子は女子程声をあげないけれど、スゲーとかデケーとか聞こえてくる。いや、男子だと私より大きな子もいるじゃない。


どうやら徳原先生も種村先生も、なぜ私がここにいるかについては伝えていないようだ。徳原先生が男女双方の部員たちに床に座るように指示してから私に声をかける。


「じゃあ長崎先生、自己紹介をお願いします」


男女の部員のざわめきのなかから、ある女子の声を拾った。


「タネセンセさっき、長崎先生って呼んでたよね」


私は部員たちのかたまりの前に移動した。女子に対してだけとは言え、大学時代には後輩たちにずっと指導を続けてきた。だから音楽よりもむしろバレーの方が指導になれているので、音楽よりこちらの方が気が楽だ。


「はい。本日、本校に新任で着任した長崎吹雪です。担当学科は音楽です。2年生の人は芸術の選択で音楽を選んでくれたら、私の授業を受けることになります」


生徒たちのざわつきが大きくなる。


「あと部活では、吹奏楽部、合唱部、そしてみなさん男女バレー部の顧問を兼ねることになりました。ただ、ここにいる皆さんはご存じかもしれませんが、私は現役の選手でもあるので、あまり皆さんに指導する時間は無いかもしれません。私が不在の間は、引き続き徳原先生と種村先生がみなさんを見てくれるので、安心してください。それではみなさんよろしくお願いします」


生徒たちがみな拍手してくれる。

スゲー、現役の日本代表が顧問になってくれるって。

あのナガフブが顧問ってマジなの。

音楽教師? 体育じゃなくて?


「長崎先生、私たちも生徒たちに毎日指導しているわけではないですよ。私たちは体育教師ですが、バレーボールの競技経験はありません。それに長崎先生ほど多彩ではないですが、いくつかの顧問を兼ねてますし、普通に生徒指導もあります」


そうだ。生徒の自主性を重んじるのが、都立大前高校ここのやり方だ。私たちのような高校生活が異常だったのだ。それはもうわかっていたはずなのに、ここのやり方の方が絶対に正しいはずなのに、少し寂しいと思ってしまうのはなぜだろう。


「長崎先生。バレーシューズ等の私物は体育教官室を使ってください。着替えは女子更衣室を使ってください」


私は種村先生の言葉にありがとうございます、と返した。好意はうれしいけれど、私物を置くのは音楽教官室でいいかな。でもあそこに置くなら、また4階に戻らないといけないな。あっこの後持って行った方がよさそうだから今日はいいや。顔を出すついでに少し練習に参加した方がいいだろう。


バレーボール選手にはいろいろな種類の人間がいる。私は一つのシューズを使い続けるタイプなのだが、こうやって拠点が増えるとそろそろそれは止めたほうがいいだろう。毎日持ち歩くのはさすがに面倒だ。


「今日はこの後用事があるので、少し皆さんの練習を見せてもらったら、出ていきますね。それでは練習を再開してください」


はい。


男女の声が揃う。うん。このバレー部、男女とも試合ではなかなか勝てないと聞いているが、雰囲気はなかなかよさそうな感じがするぞ。偏差値の高い高校はみんなこうなのかな。


私はしばらく体育館をぐるぐる回ってある程度練習を見た後、吹奏楽部や合唱部と同じように、部長の子を呼び出して、メッセージアプリに入れてもらった。既にあった男子だけ、女子だけのルームに加え、私のために新たに男女混みのルームも作られた。よこしまな気持ちで悪用する子はいないよね?


それから部員たちに大きく手を振って体育館を出た。この後はまず私の名目上の所属チーム、「杉並区都教員バレークラブ」に入部の挨拶をして、その次に練習生になっているジャンパーズに改めて社会人になった挨拶をしに行かなければならない。もし時間があったら練習したいけどどうしようか?


うん、今日はジャンパーズに先に挨拶に行こう。教員クラブは初めての訪問だし、今後はめったに行かないだろうから、そちらで今日は練習することにする。ほとんど挨拶だけで終わりそうだけど。


そして明日から私が生徒やチームメイトたちに何ができるだろうかと考えながら自転車に乗った。

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