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音楽室と体育館  作者: 多手ててと


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02.新任音楽教師(その2)

音楽室のドアが開くと、それまでの演奏が急に止まる。


「おはようございます!」


進学校らしく生徒たちが綺麗にそろった挨拶をしてくれる。制服がないから服装はバラバラだ。演奏会用の制服風衣装はあると先ほど前任に聞いた。


「おはようございます」


私も前任者に声をあわせて挨拶をする。


「でけっ」


数少ない男子高校生の一人がおもわず漏らした声が聞こえる。私の周りにはもっと身長が高い女性が何人かいるけど、世間的には大きいよね。隣の前任者の背が低いことも対比となって私を大きく見せるだろう。


私は前任者に促されて、本来指揮者の立ち位置まで歩き、そこで軽く頭を下げて挨拶をする。


「本日、この都立大前高校に音楽教師として赴任しました長崎吹雪ながさきふぶきです。ついこの前まで教わる側だったので、いろいろとつたないと思いますがよろしくお願いします」


簡単な挨拶を終えてまた軽く礼をすると、よろしくお願いします、と揃った元気な声がする。これだけで音楽教師になって良かったと思う。だが同時に気が付いた。見た目のインパクトと「新任」という言葉に不安を隠せない生徒がちらほら目につく。


「長崎先生は音大のピアノ科出身だから、技術的なことは私よりも詳しく教えてもらえると思うわ。でも事情があって、とても忙しいから普段の練習はこれまで以上に自主性をもって取り組んでいってね」


私よりも早く生徒たちの顔色に気が付いたのだろう。前任者がフォローを入れてくれるが、それだとハードルが上がっちゃいますよ。


私はその後、部長の子とメッセージアプリの連絡先を交換したり少し雑談を交わした。


「後で吹奏楽部全員のルームにも長崎先生を入れておきますね」


絶対に私が入っていない生徒だけのルームもあるはずだ。だが、この学校は本当に自由だ。服装も自由だし、スマホの持ち込みも自由。本当に生徒の自主性に任せているのだろう。


音楽室を出た後、私は深く息をついた。大丈夫。そんなに悪印象は与えていないはずだ。


音楽室の隣の音楽準備室を案内される。この部屋は大きめの楽器類が収められている。そしてその隣が視聴覚室だ。これは移動が楽でいいな。そこで練習中の合唱部の生徒たちに先ほどと同じことをする。こっちもしっかりした生徒が多いという印象を受けた。


「では私はこの後、異動先の高校に向かうわ。これからの教師生活、あなたは普通の人より難しいと思うけど頑張ってね」


私は恩人に頭を下げる。深く折り曲げても私の頭の位置の方が高い。


「本当にありがとうございました」


「バレー部は今日は午後に体育館を使うはずよ。そういえばもうお昼だけど、なにか食べるものは持ってる?」


私はお弁当を作って持って来たと答えた。


「そう、だったら教官室ででも食べて一息入れてから、体育館に行けばいいと思うわ」


彼女はこのまま職員室にも寄らずに学校を去るという。次の学校で彼女を待っている人がいるのかもしれない。本当にありがたいことだ。彼女を見送った私は音楽室と視聴覚室のどちらへ行くか迷ったが、その二つはすぐ近くにあるのだから、その両方に声をかければいいことに気が付いた。


視聴覚室の扉を再びゆっくり開くと、練習が止まる。私は部屋に入りながら部長の子に声をかける。


「練習を止めてゴメンね。あと数分でお昼になるけれど、みんなはお昼ご飯はどうしてるの?」


合唱部も部長は女子だ。


「春休み中は学食が閉まっているので、お弁当持ちの子はこの部屋や教室や校庭、思い思いのところで食べます。持ってきていない子はコンビニに買いに行ったり、外に食べに行く子もいます」


ここは本当に自由な学校だ。私の高校時代は本当に自由が無かったので羨ましい。


「そう、では今日は私もここでお弁当を食べていいかしら? 午後は他のところに行くことになっているので、せめてお昼を一緒にできればいいな、と思っているの。もちろん自由参加よ。できれば吹奏楽部の子にも声をかけたいな」


私の声に一人の女の子が前に出てきた。たしか副部長の子だ。


「わかりました。部長は今日もお弁当ですよね? 私が吹部(すいぶ)に声をかけてきますね」


そう言い残して部屋を出ていく。私も教官室にお弁当を取りに戻る必要があるから、ついでに音楽室に声かけしようと思ったのだけど、こうやって親切にされるのは嬉しい。いい子ばっかりなのは嬉しいことだけど、私がちゃんと指導できるかが一番心配だ。


私がお弁当を持って視聴覚室に戻ってくると場所の準備が進んでいた。双方の部長が揃っているのはありがたいし、各パートリーダーもだいたい残ってくれているんじゃないかな?


私のために用意してくれたと思われる席に座ると、吹奏楽部の部長に驚かれた。


「先生、それ一食分ですか?」


たしかに普通の人の一食分とは違うよね。


「私は結構大食いなのよ。これくらいペロリと食べちゃうわよ?」


裏で「大食い先生」とか呼ばれそうだ。単に「大女」とかかもしれない。私にはわかりやすい特徴が多すぎる。


「ええっ? 俺より食べる量多いじゃないですか。みんなになにか配るのかな、って思ってました」


そう言って屈託なく笑うのは合唱のバスパートリーダー、当然男子だ。身長も私と同じぐらいある。男子は数が少ないから、今は2声に分かれているけど次入って来る1年が少ないと、1つにまとめないといけないかもしれない。


私が大きめの弁当箱を2つ広げている間、生徒たちはみな行儀よく待ってくれている。


「じゃあいただきます」

「いただきます」


お弁当を食べながらいろいろな話をした。今どういう曲に取り組んでいるかとか、次のコンクールがいつか、伴奏や指揮を生徒がするか、とか実は先ほど前任から既に聞いていた話の再確認をした。吹奏楽部はまず入学式でのセレモニー、合唱部は部活紹介が比較的すぐにある。一方で私が大学で学んだことについても聞かれた。


「私は最初から教職志望だったから、結構幅広く学んだわよ。もちろん声楽もね」


学生時代、本来の専門であるピアノは最低限に留め、教職とその関連はもちろん、専科以外の講義を幅広くとることに力を注いだ。とは言え専科であるピアノの必修単位数が異様に多いのだが。


そして私は歌うことが好きなので、大学では必修分以外にも声楽関係をいくつも履修し、いずれも高い評価をもらった。たったの一回、それも短いのを2曲だけだが、観衆溢れる大ホールで弾き語りを独演独唱をしたこともある。


もちろん学内のイベントなどでの小ホールやイベントスペースでの演奏・独唱・合唱・弾き語り、それらはは何度もあるよ。実はインディーズのレーベルに誘われたこともある。


食事をしながらこれまでの両部の活動の話を聞いていると、視聴覚室の後ろから大きな声がした。


「うおっ、マジか」

「ちょっ、声大きいよ」


なにかスマホを見ながら騒いでる。こんな自由な青春も憧れるよね。


なお吹奏楽は楽器についてはそんなに習ってないけど一通りはできる。音楽の教職に指揮は必須だし、学内コンサートがある時には練習風景から何度も覗きに行った。指揮科に友人がいたから話もなんどか聞いたことがある。音楽学部ならではの強みだ。それに作詞・作曲・編曲も苦ではなかったから、そのあたりでもこの子たちの力になりたいと思う。

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