11.東京ジャンパーズのベンチ入り選手
我らがジャンパーズはここまで1勝2敗と負け越しているものの、まだまだシーズン始まったばかり、これからでも十分上位は狙える。そんな時練習後のミーティングの最後に、監督が話し始めた。
「来週、12月になったら練習生が一人来るかもしれない」
練習生は今シーズンから作られた制度だが、まだどこかのチームで使われたという話は聞いたことが無い。
「この時期に? それにまだ決まった話ではないんですか? どういう選手なんです?」
キャプテンの問いに監督は少し困ったような顔で答える。
「12月から登録されることは決まっている。だが知っているかもしれないが、練習生は、練習も試合も自由参加なんだ。無給だから。だから本人の都合次第で、来るかどうかは分からない」
なんだそれ。私たちもバレーだけで食べていけるプロではないが、それでも平日は仕事が終わったら休息日を除けば毎日練習している。曜日によっては仕事は午前中で上がって、午後は丸々練習。土日も試合が無ければ練習だ。
選手になれないから練習生なのだろう。それなのに練習に来るかもしれない? それはいったいどういうことなんだ? 試合に出れる可能性なんてほとんどないだろうけど、それすらも出れないかもしれない? そんな人間を何のために受け入れるんだろう。スポンサーの娘とか、そういうことだろうか?
「11月で大学の秋季リーグが終わるから、12月からうちに参加。3月末まで大学があって、試験や卒業公演があるから来れる時だけ参加。家も大学も遠いしな。4月からこの近くに引っ越すらしいが、仕事や代表の都合次第で、うちに参加、そうなっている」
はあ? なんでそこまで優遇されているんだ? それに代表?
「最初に名前を言っておけば良かったな。長崎吹雪だよ。わかるよな?」
私だけじゃない、チームメイト全員がその名前を聞いて震えた。あの長崎吹雪?
2年半ほど前、ムンバイで金メダルを取った時のメンバー。あの大会に参加したすべての女子選手の中で、一人飛びぬけて守備が上手い選手だと、少しバレーを齧っている人ならばわかっているだろう。スパイクが打たれる前から動き出し、全身のどこかを使って正確にボールをコントロールする。稲妻みたいにコートに叩きつけられるはずのボールを、まるで魔法みたいに拾ってゆっくり正確にセッターに返す。誰もが虚を突かれたフェイントをまるで待ち構えていたかのようにトスする。味方がワンタッチで弾いたボールを信じられない位置まで拾いに走って、絶妙な位置にリカバリーする。そんなシーンを何度も何度もテレビで見せられた。
バレーボールは男子と比べると女子のスパイク決定率はかなり低い。それにしてもあの読みと反応速度とボールを扱う技術は私から見ると異常の一言に尽きる。
そして彼女の恐ろしさは決して守備だけではないところだ。だってビーチでも世界を取っている選手だ。速攻のトスも上げるしブロックも高いし、スパイクもフェイントも左右どちらの手でも正確に相手の弱いところを狙ってくる。
大学卒業間近ってことはまだ22歳。どうしてうちのチームに来るの? オリンピック以降右肩上がりで景気のいいV1のどこか、あるいはイタリアとかトルコとか女子バレーが盛んな国で十二分に活躍できる選手だ。
「長崎自身は教師という職業にこだわっている。これは極秘だけど、4月にはこの近くにある大前高校への赴任が決まっている。そもそも練習生の制度自体が公務員になる長崎をVリーグに参加させるために作られた制度なんだよ。卒業後も含めた3月までを藝大のバレー部員、4月になったら都の教員バレークラブに籍を置いたまま、彼女がうちの練習・試合に参加するための制度だ。だからオリンピックに出た時も所属は教員クラブになるし、うちは彼女のグッズを売ることができない。でも、実際に教員クラブに行くのは挨拶ぐらいだと思うね」
チームメイトたちの表情はバラバラだ。明らかに喜んでいる者もいれば、少し怒っていたり、戸惑っていたりする者もいる。
「そんなわけで12月の頭から長崎が来るかどうかはわからない。だが、いつ来ても迎え入れてやって欲しい。試合に来ても、合わせている時間がないだろうから、試合に出すとしたらまずはリベロだろう」
ざわついた雰囲気のまま解散となり、私は家に帰った。そして彼女が出た国際試合の動画を見返した。戦力的なことを言えば確実にジャンパーズに追い風が吹く。だが短い練習時間でこの実力を出せるのだろうか? リベロだったら連携は関係ないなんてことはあり得ないし、他のポジションならなおさらだ。こんな悪魔みたいにバレーが上手いのに、どうして教師になろうとか思うのだろう。
そんなことを思いながらもう寝ることにした。
長崎吹雪は最初の3試合でリベロを務め、残りの試合ではエースとしてジャンパーズをV2優勝、そしてV1昇格に導いた。つくづく世の中は不公平だと思う。




