10.大学4年生・秋(その5)
私は自分の思いを口に出す。
「なにか大きな誤解があるようですが、私はバレーボールが大好きなので止めるつもりはありません。ですが職業としては教師を目指してきました。バレーは趣味として教員かどこかの社会人クラブで続けるつもりです」
「趣味!?」
取り巻きの一人が思わず聞き返してくるが無視する。収入にはつながらないどころがむしろ支出になる。その代わり楽しい時間を過ごすことができる。それは趣味そのものだろう。
「ですから赴任する学校が決まったら、その近くで私を受け入れてくれるチームを探します」
これで話はお終い。そう思ったのだが、所詮私は小娘だったようだ。このおっさんたちの掌の上でいいように転ばされていたのだ。スポーツ庁の長官が良く通る声で話し始めた。
「ではここで決めてしまおう。今シーズンからVリーグには練習生制度がある。本来はVリーグの正式メンバーになるためには、もう1段努力が必要な子のための制度だ。これを使えば、チームの正式メンバーでなくてもVリーグ所属チームの練習に参加したり試合に出ることができる」
有無を言わせない口調だ。それに練習生制度というのはVリーグでは初めて聞いた単語だ。
「練習生というのは初めて耳にしました」
私の疑問には会長が答えてくれた。
「さっき言ったように今シーズンから導入された制度だから、長崎さんが知らないのも無理はないよ。本来アマチュアのチームに所属している選手を、そこに所属したままでVリーグのチームと交流して、全体の技術の向上を図ることが目的だ。正式な所属はアマチュアチームのままだから、試合に出た時の出場給のみが支給される。つまり固定給は出ない。その代わり練習にも試合にも出場義務がないんだ」
続けて文科相が太った体から落ち着いた口調で話す。
「そしてジャンパーズの本拠地の近くに、都立大前高校がある。ご存じかと思うが、都立でも屈指の名門校だよ。私は都教委と相談して、来年の4月から長崎さんにはそちらに赴任してもらおうと考えている。昼間は都立高校で教師として勤務し、長崎さんが可能な範囲で練習生として選手活動をする。ジヤンパーズは2部とはいえVリーグに所属しているから、普通の社会人クラブよりも長崎さんには相応しい環境だと思うがどうだろう?」
私は少し考えた。確かに許されるならレベルの高い環境の方が己を鍛えられる。だが都立の教師は副業は禁止されている。だから練習生なる制度を使うのだろうか? だが、私がそれを口にする前に、左端から教育長が話を引き継ぐ。
「もちろん長崎君には教員、公務員としての自覚を持ってもらう必要がある。だが練習生には基本給はないし、試合に出場した場合の出場給は公務員として許される範囲だと、我々東京都教育委員会は判断した。更にいうと代表チームに選ばれたりそこで活躍した場合、東京都のみならず、全国の児童・生徒への好影響も期待できる。代表チームでの拘束時間と、成果に対する対価を得ることは、公益性も高く、公務員としてまったく問題ないという判断を既に我々は文書化している」
つまり私の赴任先は名門大前高校、そこで教師の仕事をこなしながら、名目だけはどこかの社会人クラブに所属して、実際にはV2のジャンパーズで練習生とやらの制度を使って練習や試合に出ることができる。これっていいことずくめのような気がする。でもどこかに罠があるんだろうか?
「ジャンパーズの方にはなにかメリットがあるのですか? いくら基本給が無いとはいえ、練習にも試合にも来るかどうかわからない選手のことを、監督や他の選手の方々がどう思うのか疑問です。チーム内に軋轢が生じるのではないでしょうか?」
試合にでない限りお金がかからない制度とは言え、自分たちは必至に練習しているのに、練習にもろくに参加しない選手がいきなり試合に出たりしたら嫌な気分になるに違いないよね。これは感情の問題だ。
「それは気にしなくていい。我々にとってはヨダレが出るほどいい話なんだよ」
ジャンパーズの社長が右端から話しかけてくる。
「長崎さんは十分に価値がある選手だ。それに試合に出るのは練習をこなす選手ではない。強い選手が試合に出るのは当たり前だと思わないかい?」
それは確かにそうだ。私はうなずいた。そしてこうなるように仕組まれていたことを確信した。多くの人が一人のわがままな大学生のせいで、右往左往して調整してくれたに違いない。せっかく用意してもらったのだから、この船に乗り込むしかないだろう。
「正直に言ってこれだけのご期待を頂き、機会を与えて頂けるのはありがたいお話です。ですが私は都立の高校の教師の卵です。どれだけ私がジャンパーズの皆さんや、ましてや代表チームに貢献できるかは、今の時点では全くわかりません。それでもよろしいのですか?」
私の声に部屋の空気が一気に緩んだのが分かった。私が椅子を蹴って出て行ったらどうなっていたのだろう。今回は私にデメリットがないので私はこの話に乗る。でも早苗だったら、気に食わないという理由だけで、椅子を蹴とばしていたかもしれないな、奴は人の思い通りになるのが嫌な人種だから。
そうだ、この際だから動画サイトへの投稿についても言質を取っておこう。
「実は、私は自分の演奏している動画を公開しています。ありがたいことにそれなりの人に見て頂いているので、収入もあるんです」
教育長が嫌な顔をしたが、この部屋のボスふたりがうなずいてくれたので、こちらも許されることになった。間に挟まった方々には申し訳ないが、大臣クラスに直談判できる機会などこれからもそうそうないだろうから、この機会に言っておいてよかった。




