浦島太郎と海の物語
遠い昔のある村に、心の優しい浦島太郎という若者がいた。浦島太郎が海辺を通りかかると、ケガをしている大きなカメを見かけた。そう、このカメはごみであふれている海からやってきたのだ。
「おやまあ、かわいそうなカメだなあ」
見るとカメは涙をハラハラとこぼしながら、浦島太郎を見つめている。浦島太郎は薬を取り出すと、こう言った。
「それでは、このお薬をあげるから、お口を開けて」
浦島太郎はカメの治療をしてしばらくたつと、カメをそっと海の中へ逃がした。
それから二週間たったある日、浦島太郎が海に出かけて魚を釣っていると、
「浦島さん、・・・浦島さん」
と、だれかが呼ぶ声がします。
「おや? 誰が呼んでいるのだろう?」
「わたしですよ」
すると海の上に、ひょっこりとカメが頭を出して言った。
「この間は、ありがとうございました」
「ああ、あのときのカメさんかい」
「はい、おかげでケガが治って命が助かりました。ところで浦島さんは、海の神殿へ行ったことがありますか?」
「海の神殿って、どこにあるんだい?」
「海の底です」
「えっ? 海の底へなんか、行けるのかい?」
「はい。私がお連れしましょう。さあ、背中へ乗ってください」
カメは浦島太郎を背中に乗せて、海の中をずんずんと潜っていった。真っ青な光の中で、コンブやワカメがゆらゆら揺れる。赤やピンクのサンゴ礁が、どこまでも続いている。
「わあ、きれいだな」
浦島太郎がうっとりしていると、目的地である海の神殿へ到着した。
「着きましたよ。ここが、海の神殿です。さあ、こちらへ」
カメに案内されるまま進んでいくと、この海の神殿の主人の美しい海の女王が、カクレクマノミやナンヨウハギを始めとした色とりどりの魚たちと一緒に浦島太郎を出迎えてくれた。
「ようこそ、浦島さん。私は、海の神殿の主人の海の女王です。この間はカメを助けてくださって、ありがとうございます。お礼に、海の神殿をご案内します。どうぞ、ゆっくりしていってくださいね」
浦島太郎は、海の神殿の大広間ヘと案内された。浦島太郎は海の女王が用意された席に座ると、タイやヒラメといった魚たちが次から次へと、海の幸を使った見たことがないようなごちそうを運んでくる。ふんわりと気持ちのよい音楽が流れて、ヒトデやクラゲたちの、見事な踊りが続く。ここはまるで、天国のようだ。
そして、
「もう一日、もう一日」
と、海の女王に言われるまま海の神殿で過ごすうちに、一年がたってしまった。
浦島さんは、はっと思い出した。
「家族や友だちは、どうしているだろう?」
そこで浦島太郎は、海の女王に言った。
「女王さま、今までありがとうございます。ですが、もうそろそろ、家へ帰らせていただきます」
「帰られるのですか? よければ、このままここで暮しては」
「いいえ、私の帰りを待つ者もおりますので」
すると海の女王は、淋しそうに言った。
「・・・そうですか。それは名残惜しいです。では、おみやげに玉手箱を差し上げましょう」
「玉手箱?」
「はい。この中には、浦島さんが海の神殿で過ごされた『時』が入っております。これを開けずに持っている限り、浦島さんは年を取りません。ずっと、今の若い姿のままでいられます。しかし、これを開けてしまうと、『時』が来てしまいますので、決して開けてはなりませんよ」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
海の女王と別れた浦島太郎は、またカメに送られて地上へ帰った。
地上に戻った浦島太郎は、周りを見回してびっくり。
「おや? わずか三年で、ずいぶんと様子が変わったな」
確かにここは、浦島太郎が釣りをしていた場所だが、なんだか様子が違う。浦島太郎の家は、どこにも見当たらず、出会う人も子供たちばかりだ。
「私の家は、どうなったのだろう? みんなはどこかへ、引っ越したのだろうか?あの、すみません。浦島の家を知りませんか?」
浦島太郎が一人の老人に尋ねてみると、老人は少し首をかしげて言った。
「浦島? ・・・ああ、たしか浦島という人なら、二十年間前に海へ出たきりで、帰らないそうですよ」
「えっ!?」
老人の話を聞いて、浦島太郎はびっくり。竜宮の一年は、この世の二十年にあたるのか?
「家族も友だちも、みんな子供になってしまったのか・・・」
がっくりと肩を落とした浦島太郎は、ふと、持っていた玉手箱を見つめた。
「そういえば、女王さまは言っていたな。この玉手箱を開けると、『時』が来てしまうと。もしかしてこれを開けると、自分が暮らしていた時が来るのでは」
そう思った浦島太郎は、絶対に開けてはいけないと言われていた玉手箱を開けてしまった。
「モクモクモク・・・」
すると中から、真っ白の煙が出てきた。
「おおっ、これは」
煙の中に、海の神殿や美しい海の女王の姿が幻影として現れた。そして楽しかった竜宮での一年が、次から次へと映し出される。
「ああ、私は、海の神殿へ戻ってきたんだ」
浦島太郎は喜んだ。
しかし、玉手箱から出てきた煙は次第に黒く濁っていき、その場に残ったのは、背が低い、幼い子供になったになった浦島太郎だけだった。