人造聖女
年の頃は十二から十八まで。既に初潮を迎えた女子が望ましい。各地で前任の聖女が亡くなったり、力を発揮できなくなると候補と名のつく娘らが集められた。
神殿という人里より距離を置いた場所にある、堅固でまるで逃げ場のない牢獄のようなそこに私もいる。
同じ村からは四人。近隣の村からも似たり寄ったりで三つの村を合わせて十三人が居合わせた。聖女選定の為の試験ではとにかく清簾さが求められ金ものや白粉、染粉などを禁じられた。勿論香水などももってのほか。
聖なる泉でこれでもかと言うほどに髪や体を洗われ耳殻、手足の爪先へそのごままで取り除かんばかりにいじくりまわされた。自分の祖母と同じくらいの人に世話されているとはいえ、流石に恥ずかしいしくすぐったいやら痛いやらで暴れそうになったのは秘密だ。
他の子も笑い声だったり悲鳴だったりと上げていたから秘密というほどの秘密にもならないかもしれないけれど。
そうして質素な作りの服を渡されて袖を通し漸くと選定の場に足を踏み入れた。一人一人名を呼ばれて重厚そうな扉の奥へと消えて行くのだが、入口とは別の出口があるのか誰一人帰ってこない。残る人数が少なくなるにつれて自分の番ももうすぐだと緊張し、緊張と恐怖とお伽噺の中にしか現れない聖女という特別な立場になれるかもしれないという期待が胸に沸き上がる。
「次。タンジェニカ、入りなさい」
名前を呼ばれ、恐る恐ると扉に近付いた。
門番のように立つ男の神官様の視線が刺さるように思えて居心地が悪い。行儀を悪くしたら物差しで叩かれそう、とその目付きの悪さと好意的ではない態度に薄っすらと考えながら中へと通された。
中央に少し厳めしい椅子があり、入り口にいたような男性の神官様が七人ほどその椅子を囲んでいる。皆が私を見て、一人の優しそうなおじ様がこっちに来るようにと促しそれに従う。
席に着くよう言われて仰々しい椅子におっかなびっくらりしながらも何とかよじ登れば私を呼んだ髪の長い父と同じくらいの年のおじ様が再度儀式について説明をしていく。
真剣にそれを聞こうとしては両の腕を脇に立っていた別の神官様たちに椅子に固定された。
訳もわからず不安に視線が彷徨う。
「聖女とは母なる大樹の器を示します。今から貴方にはその素質があるかどうか、それを確認するためにある種を植え込みます。神のご意志があれば貴方は聖女となるでしょう。……しかし適合しなければ、残念ですが苗床として次の聖女候補らに与える為の種を育ててもらうことになりましょう」
部屋の奥から赤いビロードに何かを乗せた年老いた神官様がやってくる。
親指程の大きさで地面をのたうつミミズのような触手を伸ばした不気味な何かに悲鳴を飲み込んだ。
まさか。まさか、あれを?
「貴方に神のご加護があらんことを」
金の長い二本の棒で摘み上げ、暴れる私を数人で押さえ込んだ神官様方になすすべもなく種は左の耳穴から入り込んできた。
直後、激痛と嘔吐感と寒気と。
「い゛がぁ!やめ゛でぇええ!死んじゃう、ひ、ひ、ひんじゃうううう!!おがあざあああん!」
「耐えなさい。神のご意思を受け入れるのです。さすれば貴方の父母、兄弟姉妹皆救われるのですよ」
「あがぁあああああ!!」
何度、吐いた事か。何度、失神した事か。
やがて私が私でなくなった時に周りにいた皆が祝福を口にし、丁重に私の体を運んでいった。
酷く冷たい水で満たされた部屋に。薄布が濡れて、吐き出す息が白くなっても不思議と体は震えず。
その様を周りにいた彼らは聖女だと崇めた。
「素晴らしい」
「貴方こそ次代の聖女だ」
「やっと適合した」
わたしの命の灯火が消えるまで。または弱り果てるまで。
聖女の役目は続いていくのだろう。
ほろりと最早何も映さなくなった目から涙が落ちるような感覚を最後に私は意識を完全に閉じ、聖女となったのだと思う。
赤く赤く、邪教徒の潜むその塒から火の手が幾つも上がる。
逃げ惑う人々に、その火を呆然と眺め立ち尽くすもの。頭を抱えて地に小さく蹲り泣き出すもの、女らの名前を延々と紡ぐ老いたものなどなど。
神と崇めた寄生生物の力に目が眩んで数多の乙女らを犠牲にし生き長らえた国はもう無い。自分たちの国だけでは飽き足らず他国のものを贄として捕らえようとしたのが彼らの運の尽きだったのだ。
種子を埋め込まれ根深くその根を張り付けられた者に助かる見込みは望めず、本体である木同様にして燃やし文字通り根絶やしにとされ。
苦々しく苦悶の声を上げる犠牲者たちの姿を、他国の戦士らは見据えそれぞれに戒めを胸に刻みその場を後にした。