第15話 はい、3、2、1!
ギュルルルル......
遂にイブは、弦に手を掛けた。そして大きく見開いた2つの瞳は、遥か30メートル先、マルコ少年の頭の上に置かれたリンゴにロックオン!
その姿は誰の目から見ても、自信に満ち溢れていたに違いない。
ところが......
「おいおいおい......構えは立派だけどよ、矢が全然リンゴの方角に向いてないぞ」
「ああ、本当だ。やっぱこいつは見掛け倒しだな。ズブのド素人じゃん!」
「テ、テルさん......」
皆が揃って疑心暗鬼に囚われる中、だだ1人、リンゴに矢が突き刺さる事を信じて止まない者が居た。それは......
「ワクワク......ワクワク......」
マルコ少年、張本人だった。
(僕には分かる......お姉ちゃんの放った矢が、リンゴのど真ん中に突き刺さるって事をね)
ヒュルルルル......
(だって......)
ヒュルルルルルル......!
(お姉ちゃんは......)
ヒュルルルルルルルル......!!
「ウィリアム! テル! だから!」
ズボッ!!!
............
............
............
「マジか......」
「俺は幻を見たのか?......」
見れば......イブが放った矢は、大きく弧を描きながら見事リンゴのド真ん中を射抜いているではないか!
「テ、テルさん......す、凄い!」
「やったぁー、テル姉ちゃん有り難う!」
ザワめき立つギャラリーの中で喜び勇む父子......しかしこの2人、そしてイブに取って、決して状況が好転したとはお世辞にも言えなかった。
やがて役人は思わぬ言葉を投げ捨てた。
「ふざけるな! こいつらを皆殺しにしろ!」
どうやら、自分より身分の低い者と交わした約束など、この国では反故にしていいらしい。そんな浅ましき振る舞いに、思わずイブは言葉を失ってしまう。
気付けば役人の部下たる者達10数名が皆揃って父子、そしてイブに矢を向けていた。
しかし......イブもまた弓を構えていた。そしてその矢は、寸分の狂いも無く、長たる役人の顔にロックオンされている。
「誰か1人でも矢を放ったならば、その瞬間にあたしも弦からこの指を離すだろう。あたしに残された矢はこの1本のみ。でもリンゴより大きいあんたの顔を射抜くには、この1本で十分だ。さぁ、射たければ射るがよい。あたしも遠慮無く射させて貰うとしよう」
ザワザワザワ......俄に騒然となる役人衆。射るべきか? 射ぬべきか? 誰1人として、そんな重大なる判断を下せる者など居る訳も無かった。
「むむむ......」
思わず絶句してしまう役人の長。イブの腕前は見ての通りだ。万に一つも外す事は無かろう。今やこの者に残された選択肢は、命を捨てるか、プライドを捨てるかのいずれかしか無い。どちらにせよこの者に取って、この後に待ち受けている運命は地獄だったに違いない。
重い空気がのし掛かる中、時間だけが通り過ぎていく。やがて痺れを切らしたイブが、遂に畳み掛けた。
「3つ数えるうちに、全員弓を捨てろ。1人でも弓を持ってるやつがいたら、あたしの指は矢から自動的に離れるだろう」
「なっ、なんだと?!」
「はい、3!」
「お、おい......どうするよ?」
「わ、分かんねぇよ!」
「はい、2!」
「隊長! ど、どうします?!」
「むむむ......」
「はい、1!」
弦を引くイブの手に思わず力が入る。そんな動きは、次の瞬間に矢が放たれる事の裏付けと言えた。
一方、顔面蒼白。遂にプライドを捨てた長なる役人が、『全員弓を捨てろ!』と大声を発しようとしたその時だった!




