第13話 覚悟しろ!
「なっ、なんだと......」
「広場の外からこのリンゴを見事射抜いてみせろ。それが出来たならお前をかつての英雄と認め、こいつの命を助けてやろう。でももし射抜けなかったら分かるな......お前共々2つの首を広場に飾ってやる。チャンスは1回だけだ。よし、とっとと始めろ」
「むむむ......」
ヒュルルルル......カサカサカサ。
冬でも無いのに、木枯らしの如く強風が木々の枝葉を激しく揺らし始めている。矢を射るに当たってのコンディションとしては、正に『最悪』と言う文字のフラグを立てざるを得ない。しかも......広場の外からと言ったら、軽く30メートルは離れてる。
現役時代の俺だったら、やり遂げる事も出来たのかも知れない......でも今の俺はただの弓職人。しかも戦場で負った怪我のせいで、今じゃ弦を引く事すらままならん。
でも今は、そんな泣き事を言ってられるような場面じゃ無い。マルコの命は今や俺の腕一本に掛かってるんだ。おお神よ......我に力を与えたまえ!
「とっ、父ちゃん......」
「マルコ、安心しろ。さぁ、俺に弓を貸せ」
「うん......」
遂に俺は弓と2本の矢を手にした。泣いても笑っても、チャンスは1回のみ。2本目の矢を射る事は無い。広場の外へと離れていく俺の身体は、自ずと武者震いに包まれた事を今でもよく覚えている。
万が一、目測を誤るような事でも有れば、役人の剣の力を借りるまでも無く、放たれた矢がマルコの命を奪う事になるだろう。
緊張するな! 落ち着け!......などともう1人の自分が、冷製さを失い掛けた俺に語り掛けたところで、上がり切った血圧を正常値に戻す事など出来る訳も無かった。
「おい、おい、あんな遠くからリンゴを射抜く事なんて出来るのか?」
「どんどん風が強くなってるじゃんか。まず無理だろ。よし、俺は出来ない方に、1,000ベリカだ!」
「いやいや分からんぞ。パブロフは元々、軍隊で弓の名手だったらしいぞ。俺は射抜ける方に2,000ベリカだ!」
「でも戦争で負った怪我が原因で、軍隊を引退したらしいぜ。もっぱらの噂じゃ弦すら引けないそうだ。俺は失敗する方に3,000ベリカだ!」
気付けば広場は黒山の人だかり。皆揃って勝手な事ばかり言ってやがる。ああ、どうせお前らに取ってはただの他人事だろうよ。好きに言ってるがいいさ......おっと、いかんいかん。周りの雑音に心を乱されてるようじゃ、愛する我が子の命を救えんぞ。大丈夫......俺ならきっと出来る。いや、絶対に出来る!
やがて広場の外へ1歩足を踏み出した俺は、直ぐに回れ右をした。そこで視界に入って来たものと言えば、それはそれは残酷な現実だった。
俺は30メートルと言う距離を、少し甘く見ていたようだ。つい今しがたまで目の前に居たマルコが、今や思いの外小さく見える。しかもそんなマルコの頭の上に置かれたリンゴともなれば、豆粒同然。針の穴の方がよっぽど大きく見える事だろう。
ヒュルルルル......
ダメだ......風がどんどん強くなっきてる。しかも西から吹いてると思ったら、次の瞬間には風向きが逆になってるじゃんか! 更にポツポツポツ......なんと、雨まで降ってきやがった! どうやら神は、何としてでもマルコの命を奪いたいらしい。
「どうした? 雨も降って来た事だし、早く射てくれ。一張羅が濡れちまうだろ」
役人は剣をかざしながら、忌々しい口調で俺を煽ってくる。どうせ俺が外すと信じて止まないんだろう。全く......人の命を何だと思ってやがるんだ。くっそう......
残念な事に、とてもじゃ無いけど矢がリンゴに当たるとは思えなかった。どう考えても無理だ......俺は徐に、右手に持った矢を見詰めた。矢は2本だ......リンゴを射抜く事は出来なくても、人だったら当たるんじゃないか? しかもチャンスは1回から2回に増える訳だし......
その時俺は、既にリンゴなど見てはいなかった。殺気立った俺の2つの目は、間違いなく役人にロックオンしていた。役人を射殺したりしたなら、間違いなく父子揃って死罪だ。でもこの身分差が生む間違った世の中に、少なからず疑問符を投げ掛ける事くらいは出来るんじゃ無かろうか!
「おい、もう時間切れだ。今直ぐ射なけりゃ、このガキの首を跳ねるぞ!」
見れば、役人の剣はマルコの首にしっかりと当てられている。そんな様子を見て、俺は遂に決心した! 我が愛する妻よ......今、マルコと共に行くからな。待っててくれ......
そして俺は、力いっぱい弦を引いたのだった。
「覚悟しろっ!」