『点』と『点』が『線』になった
やれやれ......困ったもんだ。でもまぁ、1回射れば気が済むでしょう。てな具合で、あたしはいかにもぎこち無い手つきで、弓の弦を張ってみた。見ていてきっと危なっかしかったに違いない。
「え~とこれが弓で、これが弦で......」
ボソボソ呟きながら、漸くあたしは弦に矢を引っ掛けた。もうど真ん中行っちゃおうか! などと開き直る自分と必死に戦いながら、遂にあたしはその瞬間を向かえた。
「せ~の~......えい!」
ヒュルルルル......ポテ。なんと弓から放たれた矢は、的よりも遥か手前で、力無く落下を見せたではないか......まぁ、狙い通りってとこなんだけどね......
「なんだ......ウィリアム・テルじゃ無かったんだ......ただの下手っぴいだ」
マルコ君は、まるで夢が打ち砕かれたかのような表情を浮かべ、寂し気にトボトボトボ......自分の部屋へと戻ってしまった。何もそこまでがっかりしなくてもいいのに......だってあたしはただの怪我人なんだから......とは言え、小さな子供の夢を裏切ってしまった事に対し、少しだけ後悔の念が生じていた事も事実だった。でもやっぱ、これで良かったんだと思う......あたしがこの家に居る事がバレちゃったら、2人に迷惑が掛かるんだからね......
「すみません......あたし、弓がヘタクソで」
「何言ってるんだ? こっちこそ詰まらん頼み事をしちまって申し訳無かった。でも『テル』さん......本当は弓得意なんじゃないのか?」
「えっ? また何でそんな事を......あたしの実力は見ての通りです。生まれこの方、弓を触った事すら無いんですから当然の結果だと思います」
「ああ......そうなんだ?」
見れば、何やら父は首を傾げている。一体何が疑問だって言うんだろう......
「何かおかしな事でも有るんですか?」
聞かなきゃいいのに、ついつい余計な事を聞いてしまう単細胞なあたしがそこに居た。
「いやねぇ......大した事じゃ無いんだけど、ちょっと不思議だと思ってね。昨日の夜起きた事も、自分が誰なのかも忘れちまってるテルさんが、よく生まれてこの方弓なんか触った事無いって覚えてるのかなぁ? なんて少し疑問に思っただけだ。まぁ、色々有るんだろう......」
ダメだ......余計な事は過剰に話さない方がいいって事だ。完全に怪しまれてる。でもこれ以上この事で突っ込んで来るつもりは無さそうだ。せめてもの救いだわ......
「お名前、聞かせて頂いてもいいですか?」
少し強引かとは思ったけど、苦し紛れに話題を変えてみた。
「おっと、そう言えばまだ自己紹介して無かったな......俺の名前は『パブロフ』。別にヨダレを垂らした犬じゃ無いぞ」
「パブロフさん......少しの間ですけどお世話になります。ところでその指のタコ......もしかして、パブロフさんは弓がお得意なんじゃ無いですか?」
また余計な事を聞いてしまった。聞かなきゃ気が済まないこの性格はきっと一生直らないんだろう。
「ああ......このタコね。よくそんなとこまで見てるな? やっぱあんた......まぁ、それはいいか......あんたのお察しの通りだ。昔は俺もこの国の軍隊に所属しててな。軍隊一の弓の名手だったよ。
そのお陰でマルコも大陸送りにはならないで、今ここで一緒に暮らしてられるんだけどな。マルコは男だから、俺が軍隊に入ってなければ今頃男しか居ない『ポパイ大陸』で女を知らない寂しい生活を送っていたに違いない。
でも1年前の事だった......盗賊の討伐に行った時、肩に深手を追ってしまった。だからもう、俺は弦を引けない身体になっちまったんだよ」
!!!
『大陸送り』
『男しか居ないポパイ大陸』
それはこれまで宙に浮いていた『点』と『点』が漸く『線』として繋がった瞬間だったと言えよう。