第8話 いい気がしないな......
翌朝......
コケコッコ~......!
コケコッコ~......!
やたらと甲高いチキン達の大合唱と、窓から差し込む朝日に覚醒を余儀なくされた『怪我人』は、漸く薄目を開け始めた。
真っ白な天井、古臭いけど清掃が行き届いた家具類、そして美しい女性が微笑んでる似顔絵......最初に見えた景色と言えば、凡そそんなものだった。
ここはどこ?......
どうやらあたしは、ベッドに寝かされてたみたい。薄布団をたくし上げ、身体を起こそうとすると、痛たたた......頭が割れるように痛む。頭に手を当ててみると、何やら柔らかい布が巻き付けられてた。
そう言えばあたし......昨日の夜、役人達の手から逃れて、薄暗い往来で寝ちゃったんだっけ......一晩経ってベッドに寝てるって事は、きっと誰かに助けられたんだろう。
この国の人間はみんな腐ってる......正直、昨日はそんな風に思ってた。でも今あたしはその事を強烈に後悔してる。やっぱどこにでも優しい人は居るんだなって......
窓の外に見える景色からして、ここは間違いなく貧乏な『スラム街』。きっと怪我人1人を抱え込む余裕なんて無かった筈なのに......
あたしはあらためて、机の上に立て掛けられた似顔絵に目を向けてみた。素晴らしく笑顔が美しい女性だ。今頃になって気付いたんだけど、あたしは女性用の寝着を纏ってる。きっとこの部屋は、似顔絵の女性の部屋で、多分この寝着もこの女性のものなんだろう。
ヒュルルルル......ピシッ!
ヒュルルルル......ピシッ!
何やら部屋の外から、聞き慣れた物音が聞こえて来た。この音は?! 間違い無い......
あたしはそんな音に吸い寄せられるかのように、ベッドから降りて歩き始めていた。
そして、ギー、バタンッ......扉を開けてみると、そこには笑顔を浮かべた父子が揃ってあたしの顔を見詰めている。見れば子供は自分の身体よりも大きな弓を構え、その弓から放たれたであろう2本の矢は、見事『的』なる小さな置物に突き刺さっていた。
「わぁー『テル』姉ちゃんが、起きて来たよ!」
「おや、もう目を覚ましたのか......まだ頭が痛むんじゃないか?」
2人揃って笑顔を浮かべ、『厄介者』でしか無いあたしを出迎えてくれた。
「あのう......あたし。うっ、うっ......」
本当は真っ先にお礼を言わなきゃならなかったんだと思う。でも健気な2人の笑顔を見た途端、何だか安心したのか急に涙が込み上げて来ちゃって......その後の言葉が出て来なかった。
「あんな危険な裏道でぶっ倒れてたからビックリしたぞ。頭から血を流してたしな......一体、何があったんだ?」
それは当然の質問だったと思う。助けられたあたしは、その質問に答える義務が有るって事も分かってる。でもあたしがこれまでの経緯を話したりしたら、きっとこの人達に迷惑が掛かる......そう思うと正直に話す事なんか出来る訳も無かった。
「それが......頭を怪我したせいか何も覚えてないんです。昨晩あたしの身に何が起こったのかも分かりませんし、そもそも自分が誰なのかも分かりません......」
頭を殴られてちょうど良かったと思う。かなりもっともらしい言い訳だったけど、きっと信憑性は有ったんじゃ無いかな? でもこんないい人達に嘘つくのって、あまりいい気がしないな......