第7話 ウィリアム・テル?
とにかく気力だけだったと思う。どっちに向かって走ってるのかも分からなかった。ゴンッ! 「痛い!」、バシッ! 「気を付けろ!」そんな具合で、やたらと人にぶつかった事だけは覚えてる。
後で聞いた話だけど、あたしに絡んで来た酔っ払い達は役人だったらしい。あたしの『指名手配』がまだこの時点で、あの役人達に下りてきて無かった事だけが、せめてもの救いだったと思う。
それにしても......国民を守る役人があんな事してるようじゃ、この国も終わりじゃん! 世も末だよ......
もしオリバーさんがこの国の『アダム王子』だったとしたなら、まず治安を何とかしてくれと言ってやりたい。こんなんじゃ『女』は危なくて夜道も歩けやしない。まぁ......オリバーさんが『アダム王子』だったらの話だけどね。多分そりゃ無いと思うけどね......
まぁとにもかくにも、奴らの魔の手からは逃れられた事だけはラッキーだ。緊張が解れてくると、痛たたたた......今度は殴られた頭がやたらと痛んでくる。手も足も棒......今度こそ本当にばたんきゅうだわ......
因みに......ここは一体どこなんだろう? 街中とはまたえらく雰囲気が違う。建物はみんな薄汚いし、あの家なんか崩れ掛かってるじゃん! あらやだ、猫の死体が転がってる......とにかくこの辺りはやたらと薄暗い。猫の死体踏むとこだったわ......
さっきの賑わってた繁華街、そしてそこから一歩外へと出たこのスラム街......きっとこの国は貧富の差が激しいんだろう。スラム街と聞いてまず頭に浮かぶものと言えば、貧乏であるが故に、強盗、殺人、誘拐......凡そそんな言葉しか頭には浮かんで来ない。
知らず知らずのうちに、そんな『危険エリア』に足を踏み入れてしまったあたしはと言うと、いつの間にやらコックリ、コックリ......寄りによって突然睡魔が襲って来てしまったのでした......
普段のあたしだったら、こんな危険な所で寝ちゃうなんて有り得なかったと思う。でも身体と脳が限界に達してたんじゃ無いかな......頭を強く殴られたせいも有るかも知れない。結局、薄暗い往来の物陰で、無防備なあたしは、深い眠りに就いてしまったのである。
スヤスヤスヤ......オリバーさん......
............
............
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一方、たまたまそこへ通り掛かった気の良さそうな親子はと言うと、
「あっ、お父さん! ウィリアム・テルさんが倒れてるよ!」
「ん、なんだ? ウィリアム・テルって? そりゃ誰だ?」
「ほら、あそこ!」
年齢5才くらいと言ったところだろうか......汚れを知らぬ容姿端麗なる少年は、共に歩く『弓』を背に担いだ父にそんか異変を知らせた。見れば息子の指差すその先には何やら黒い塊が......
因みにこの親子、2人揃って粗末な衣服を身に付けている。きっとこの『スラム街』の住人なのだろう。
「おや、人が倒れてるじゃないか?! しかも女だ!」
タッ、タッ、タッ......
タッ、タッ、タッ......
2人して駆け寄ってみれば、確かにそれは女性。しかもやたらと若い。まさか死んでる?! 一瞬、そんな事が頭を過ったりもしたが、どうやら息はちゃんとしているみたいだ。とは言え、頭から血を流している。
「おいマルコ、手を貸すんだ。この人は怪我してる。家に連れて帰るぞ!」
「うわぁ、このお姉ちゃん頭からいっぱい血が出てる! 大丈夫?!」
「まぁ、このままにしてたら、きっと死んでただろうに......でも直ぐに手当てをすれば大丈夫だ。さぁ、行くぞ!」
「うん!」
父なるその者は、それまで背に担いでいた『弓』をマルコに手渡すと、今度は怪我人を即座に担ぎ上げた。そして、
スタスタスタ......
スタスタスタ......
足早にその場を立ち去っていったのでした......