第8章 イブの決断 第1話 居なくなった!
「ほらっ、サボってんじゃねぇぞ! しっかり漕げ!」
ビシッ、ビシッ!
大海原を突き進む長さ50メートルにも及ぶ巨大船は、次から次へと迫り来る高波をもろともしなかった。
ザブ~ン、ザブ~ン......
左右の側面から突き出た各々20本のオールは、「エッホ、エッホ、エッホ......」そんな掛け声に合わせ、一糸乱れぬ動きを見せている。この巨大船の駆動が、そんな40人の人間が繰り出す40本のオールに託されていた事は言うまでも無い。
オレンジ色の夕日をバックに、大海原を颯爽と突き進んで行くその様は正に水龍。王者の風格すら漂っていた。
『シーザー号』......前国王の名が付けられたそんな『水龍』は、今正に遠征の地『ポパイ大陸』から『真のアダム?』を乗せ、『ゴーレム国』への凱旋を成し遂げようとしていた訳である。
「マルタ様......『ゴーレム国』の港が見えて参りましたぞ」
「そうか、いよいよだな。ところで......アダムの様子はどうだ?」
そばかすだらけの顔を夕日に染めながら、神妙な顔で問い掛けるマルタの表情はどこか落ち着きが無い。それには大きな理由が有った。
「未だ一口も口を開きません。しかも......」
「しかも?」
「なぜか、女のままです」
「く、く、く、くそっ! 何でなんだ?! 『めしべの滴』は飲ませて無いんだろ?!」
「もちろんです。持ち物は全て没収し、1度も地下牢から出してません。『めしべの滴』など飲める訳が有り得ません!」
「なら、何で男に戻らないんだっ?!」
「それはやっぱ......女だからじゃないですか? 非常に残念な事ではありますが......」
「なに? 貴様はあいつがアダムじゃ無いって言うのか?! あんな小さな村でおでこにアザが有ったんだぞ。しかも、真のアダムの家に帰って来たんだ。あの小娘が人違いだって? そんなの絶対に有り得ん!」
「でも、男に戻らないんだから、やっぱ人違いだったんですよ。もう認めましょうって。で、どうします?......『オリーブ大陸』に戻りますか?」
「くそう......なんてこった! 戻るったってめちゃめちゃ遠いいじゃん......ここまで帰って来るのに5日も掛かってんだぞ。食糧だって食べ尽くしちゃってるしさ。でもやっぱ......戻るしか無いか......」
アダムと信じて連れ去って来た小娘が、実はアダムじゃ無かった......信じたくは無いが、信じざるを得ない事に漸くマルタが気付いたその時だった。
「マルタ様、只今ベーラ様からの書簡が届きました」
突然現れたその者の肩の上には、1羽の鳩がドヤ顔を見せている。きっと今で言うところの『伝書鳩』なる通信手段を利用した書簡だったのであろう。
「読み上げろ」
「へい、それじゃ最初っから読み上げますね。どれどれ......え~と、はい。『マルタ、よくぞアダムを見付けてくれた。出かしたぞ! お前が帰って来るのを、今や遅しと皆で待ち構えていたところだ。これは私からの細やかなプレゼントだ。甲板からとくと見るがよい。国王の母 ベーラより』だそうです」
「な、な、何でベーラ様は、あちきがアダム? を捕まえた事を知ってるんだ?!」
「ええ? 何言ってるんすか? 自分で『アダムを捕まえた』って手紙書いて鳩飛ばしてたじゃないですか。勘弁して下さいよ。そんな事より......甲板に出た方がいいんじゃないですか? 甲板に出ろってベーラ様の手紙に書いてあるんだから」
「そっ、そうか......」
タッ、タッ、タッ......マルタが冷や汗を掻きながら、甲板に踊り出てみると......
ヒュルルルル......ドッカーン!
薄み掛けた夜空が、途端に眩き光に包まれる。
「何だありゃ?」
「花火に決まってるじゃ無いですか」
「何か文字が浮かび上がってるみたいだけど」
「仕掛け花火ですね」
「何て書いてあるんだ?」
「『マルタさん、お帰り!』......私にはそう見えますが」
「参った......『オリーブ大陸』に引き返せないじゃん!」
「そりゃあ無理ですね。ハッ、ハッ、ハッ!」
「......」
どっ、どうすりゃいいんだ?! ここまで手厚く出迎えられて、今更『人違いでした』じゃ済まないだろ......
すると今度は、
「たっ、大変です! 小娘が居なくなりました!」
「なっ、何だって?!」
災難と言うものは得てして重なるものである。