第6話 キュ~キュ~
水平線から顔を見せ始めた朝日......
飛び交うウミネコの群......
果てしなく広がる大海原......
そんな大自然のど真ん中を突き進む『ヨット』なる乗り物は、神々しき王者の風格すら漂っていた。本来ならば天敵とも言える海風を味方に付けたその駆動は正にオール要らず。何度も襲い来る高波すら、その勢いを止めるには至らなかった。
『オリビア号』......ヨットの側面にはそんな文字が描かれている。つまりこのヨットは、俺の船って事だ。
ザブ~ン、ザブ~ン......
やっぱパピーは凄げ~や......俺は今この大海原のド真ん中を突き進んでるんだせ! もしかしてこの広大な海を制覇する為に俺は生まれて来たんじゃないかって、本気で思ったりもしてる。
正直、最初は不慣れだった......行きたい方角に全然行ってくれないんだからな。何度も座礁し掛けては持ち直して、何とか今に至っている。今俺が生きていられるのも、実は全てこいつのおかげだって事だ......『ヨット操作 初級編 いつ乗るの? 今でしょう!』俺はそんな文字が描かれた分厚い書物を手に持っていた。残念ながら付録のビデオは付いていないが、パピーが一生懸命描いてくれた図付きの指南書だ。全く頭が下がるぜ......
おや? もう1冊有るぞ。なんだ......汗でぴったりくっついて、2冊が1冊になってたみたいだ。どれどれ、こっちはなんの書物だ?......
おれはペリッと剥がしてみた。するとこっちの1冊には、『ヨット設計図 いつ造るの? 今でしょう!』って書いてある。もちろんこっちも付録のビデオは付いてないが、とにかく数字がいっぱいで事細かく描かれている。ふむふむふむ......なるほどね、って......別に知ったかぶってる訳じゃ無いが、じっくり読めば何とか理解出来そうな感じがする。この『オリビア号』が壊れたらまた造ればいいんだぞ......きっとパピーのそんな意がこの設計図には込められているんだろう。
「よしっ!」
俺はそんな2冊の宝物を大事に胸の中へしまい込むと、あらためて広大なる大海原を見渡してみた。遥か後ろの方角には、大陸が霞んで見える。それが『オリーブ大陸』である事は言うまでも無い。多分だけど......こんな沖合いまで来た奴は過去に誰1人居ないと思う。まぁ、こんなど素人がよくここまで無事に来れもんだ......この『オリビア号』とパピーとマミーに感謝って事だな......
次に俺は、船首へ足を運んで今度は正面を見てみた。これまた遥か遠くに大陸が見え隠れしている。見た感じは『オリーブ大陸』とほぼ同じ位の大きさだ。俺の目的地がそこである事は言うまでも無い。
よしよし......視界は良好。波も静かだ。ここで一気に距離を縮めちまおう! などと気合いを入れ直したその時だった。
キュ~キュ~......
何やら近くで動物の何鳴き声が聞こえてくる。因みに、俺はその声に聞き覚えがあった。パピーと漁に出た時、何度が聞いた事のある鳴き声だ。
もしかして?!......慌てて海面を見下ろしてみると、そこには1匹のイルカが。『オリビア号』と並走するかのように、のんびりと泳いでる。よくよく見てみれば、なんと! 背びれ付近に『モリ』が突き刺さっているではないか。
な、何てこった!
俺の知ってる限り、この自然界で道具を使いこなせる動物は人間しかいない。つまり、『モリ』をこのイルカに刺した奴は残念ながら、俺と同じ人間って事になる。因みに俺が長年暮らした『オリーブ』大陸では、イルカを食べたりしない。むしろ、この自然界で共存する友達みたいな存在だ。
くっそう......何て事しやがる! そんな傷付いたイルカを見て、俺は無性に腹が立って来た。とは言え、この火急な時に怒ってばかりも居られない。直ぐにこのイルカを助けなければ! などと、急に正義感が湧いて来てしまったのだった。
でも実際のところ、『オリビア号』の上にイルカを引き上げるのは不可能だ。かと言って、俺が海に飛び込んだ所で、治療何て出来る訳が無い。さぁ、困ったぞ......
キュ~キュ~......
心なしか時間の経過と共に、イルカの鳴き声が弱々しくなってる気がする。そっ、そうだ! 確か小さな『イカダ』が積んであった筈だ!