第9話 真の女と真の男だった
「い、いや......い、今は少し身体が疲れている。熱い湯の刺激は身体に障るやも知れぬから......」
「そうか......モニカ殿はまだ俺を信じていないと申されるのか......」
なっ、なんなんだ? その落ち込み方はちょっと大げさだろ!......あんたが女だったら何時間だって風呂ぐらい付き合ってやるよ。でもあんたは男だ。それにあたしは女なんだって! ダメだ......そんな事話したって、男しか居ないこの大陸の連中に分かる訳が無い......こりゃ参った。
「あいやモニカさん、ちょっといいかのう?」
「え、あ、何だ?」
見ればダビデ村長は、あたしを手招きしている。どうやらあたしとこっそり2人で話がしたいらしい。
そんな訳で......あたしは重い空気から逃げるようにして、村長の後へと付いて行った。すると村長は、よそ者のあたしが知る由もない、この大陸で蔓延る飛んでも無い『しきたり』についての説明を始めたではないか。
「モニカさん、もちろんあんたも知っての事だとは思うが、共に裸となって風呂に入る事は信頼の証。互いの者同士が語り合うのに武器は必要無い......そんな意思の現れなのじゃ。
ジャックはあんたの事を信頼仕切っとる。そんなジャックの気持ちになぜあんたは応えようとしてくれんのじゃ。わしにはあんたの気持ちがよく分からん」
い、いや......だから信頼とかそう言う問題じゃ無くて、あたしは女だから......
「......」
「そうか、あんたの気持ちはよく分かった。ならばとっととこの村から出て行ってくれ。心を開いてくれぬ者に、わしもジャックも心を開けんからな」
そっ、それは困る! 自警団まで連れてって貰えないと、予定が全て狂ってしまう。そうか......仕方ないな......
「わ、分かった。ジャックと一緒に風呂へ行く。でも夜にしてくれ。今はちょっと休みたい」
「そうか、やっとわしらの気持ちが伝わってくれたか! よし......ならばわしからジャックにそう話しておくぞ。あんたには仮住まいを用意しておいた。夜になったらジャックに迎えに行かせるから、それまではゆっくり休んでいるが良かろう」
森の中→暗い 夜→更に暗い =見えない!
正直、そんな安易な算定式が即座に頭へ浮かんだ結果での返答だった。まぁ、湯気もたらふく立ち上がってる事だろうから、見えないだろう......大丈夫、きっとそうだ!
そんな経緯を経て、あたしは用意された仮住まいに帰ると、即座にカーテンを閉めた。よし、これで一安心......
一人になってまず真っ先にやりたい事があった。それは何かと言うと......胸を強烈に圧迫する憎き『サラシ』を始末する事だった。
バサバサバサ......あたしは自らがクルクル回り、一気にそれを振りほどいていく。やがてその全てが床にばらまかれると、途端に呼吸が楽になっていく。うわぁ、苦しかった......
『サラシ』の呪縛から解き放たれたあたしは、素っ裸のままベッドにダイブした。そしてそのまま夢の世界へと誘われていく......
『ゴーレム国』の栄えある空軍隊長モニカと言えども、軍服を脱いでしまえば、どこにでも居そうな健気なる少女と何ら変わりは無かった。
モニカは、誰よりも勝ち気。
モニカは、誰よりも強い。
モニカは、誰よりも勇敢。
モニカは、誰よりも忠義に厚い。
モニカは、誰よりも信頼が厚い。
モニカのそんな愛くるしい屈託の無い寝顔を見ていると、もしかして彼女は、そんな自分に張られたレッテルが重荷になってるんじゃないかと、つい勘ぐってしまう。
モニカは、誰よりも勝ち気でなければならない。
モニカは、誰よりも強くなければならない。
モニカは、誰よりも勇敢でなければならない。
モニカは、誰よりも忠義に厚くなければならない。
モニカは、誰よりも信頼が厚くなければならない。
実際のところ......その通りだった。モニカの真なる『敵』は、ベーラでも無ければ、この大陸の自警団でも無い。世間が作り上げた『自身の偶像』こそが真なる『敵』であったに違いない。
『ゴーレム国』の軍服を脱ぎ去り、乙女の笑顔をさらけ出して眠るその姿こそが、本来のモニカの姿なのであろう。このまま身丈以上の『自分』を演じ続けていけば、必ずそのギャップに耐え切れなくなる時がやって来る。
ジャックは今回、モニカと出逢う事に寄って救われた。しかしこの出逢いに寄って、本当に救われたのはモニカの方だった事に、まだ彼女は気付いていない。
モニカは真の女だった。そしてジャックもまた、真の男だった......




