第5話 マルタさんだった
翌朝......
窓から差し込む朝日に目を覚ました私リラは、直ぐ様家着に着替えると、来客部屋へ向かって行った。
正直、昨晩はよく眠れなかった。それは主人のボイルも同じだったと思う......まぁ、朝はぐっすり眠ってたけどね。きっと疲れたんでしょう。
それにしても、砂浜に人が打ち上げられてたのには、ちょっとビックリした。ちゃんと意識があったから良かったけど、死んでたらどうしようかと思ったわ。取り敢えずは家に運んで寝かせたんだけど......その後大丈夫なのかしら?
ギー、バタン。私は恐る恐る来客部屋の扉を開けると、幸いにもその人はスヤスヤと眠っていた。寝息がしっかり聞こえるから、ちゃんと生きてるんだろう。ホッ......思わず安堵の表情を浮かべる心配性な私がそこに居た。
昨晩はこの人も衰弱仕切ってたから、敢えて何も聞きはしなかった。身に付けてるものからすると、多分漁師なんだと思う。見た事無い顔だから、どっか北の漁村の人なんじゃないかな。昨晩の潮の流れがそうだったから......
まぁ、意識が戻って落ち着いたら、色々聞いてみましょう。元気になった暁には、この人を村まで送ってあげなきゃならないからね。
すると......
「う、う、う......」
どうやら、扉の音に気付いて目を覚ましたらしい。
「おはよう、マルタさん」
まずは気さくに話し掛けてみた。何で『マルタさん』って呼んだかと言うと、着ていた服に、そんな名前の刺繍が入っていたから。マルタさんは一体どんな反応を示すんだろう? ちょっとドキドキしてしまった。
「ここは?......」
マルタさんは、辛そうな表情を浮かべて目をシカシカさせてる。
「サマンサ村よ」
「サマンサ村?......何であちきがここに?」
きっと、まだ記憶が錯綜してるんだろう。今だからこそ血色のいい顔してるけど、昨晩なんてほんとに死にそうな顔してたんだから。無理も無いわ......因みに『あちき』ってどこの国の言葉?
「あなたはね、昨晩砂浜に打ち上げられてたの。たまたま私達が見付けたから良かったものの、誰も気付かなかったら大変だったわよ」
「ああ、あちきを助けてくれたんだ......ありがとう、おばちゃん!」
お、お、お、おばちゃん?! 私がおばちゃん?! だ、ダメ、ダメだわ......こんな事くらいで動揺してたら。
「と、ところでマルタさんはどこからやって来たの? 見たところ漁師さんのようにも見えるんだけど......」
「う~ん......それがよく思い出せないの......ごめんね、お・ば・ち・ゃ・ん!」
別にこの会話の流れで、最後に『おばちゃん』を入れる必要性が全く理解出来なかったけど、特に悪気が有って言ってるようにも見えなかった。きっと細かい事を気にしないざっくばらんな性格なんだろう。
それと、よくよく顔を見てみれば、思いの外若かった。最初は同い年くらいかな? なんて思ったんだけど......実際のところは18、9才ってとこなんだと思う。それと、顔がそばかすだらけだ。きっといつも海に出てて紫外線をいっぱい浴びてるんだろう。
「まぁ、無理に思い出そうとしなくても、落ち着いてくれば自然に記憶が戻って来ると思うわよ。狭い家だけど、体調が良くなるまでは、ここに居るといいわ」
「えっ、ほんとに?! いいの?」
「あなた別に悪そうな人にも見えないし......オリビアもきっと喜ぶと思うわ」
「オリビアって......おばちゃんの娘?」
「そう。おばちゃんの娘よ」
さすがに3連発で『おばちゃん』砲が炸裂すると、ああ、私はおばちゃんなんだと、信じ込んでしまう自分が恐くなる。因みにまだ私24才なんだけどね......
この『マルタ』なる人物......それが、ベーラの命でこの村にやって来た『狩人』である事は言うまでも無い。幸か不幸か、そんなマルタは今、真のアダムが暮らす『バロック家』に潜入を果たした訳だ。
この者の出現で、最大限のピンチを向かえるのは真のアダムに有らず......何と愛するその者である事など、この時点で誰が予測出来たであろうか......