第5章 夏祭り 第1話 勘違い狩人だった
「てやぁー!」
ヒュー......
バサッ!
「さすが......イブの弓は百発百中だな」
夏と言う季節を迎えると、イノシシやらキツネやらタヌキやら......獲物と呼べる動物達の動きがやたらと活発になってくる。某ら狩人達に取っては、正に書き入れ時と言える季節だ。
今日も日常の如く、時間の経過も忘れて『仕事』に精を出していれば、あっと言う間に夜がやって来る。おや、もうこんな時間か......
「バロン殿、もうこれだけ捕れば今日は十分であろう。貴殿達は、捕った獲物を担いで村へ帰るがよい」
「なんだ......イブはまだ帰んないのか?」
「まだ矢がしこたま残っておる。某は、獲物をもう一追いしてから帰るとしよう」
最近はほぼそれが日課と化していた。村を出る時は、バロン達狩人仲間と共に出発し、戻る時は某ただ1人遅れて帰る......しかも必ず夜だった。それは何故かと聞かれても、今は誰にも答えるつもりはない。ただそうしたいから、そうしてるまでの事だ。
「おいイブ......いいか、これは友人からの忠告だ。もっぱらの噂じゃ、お前、森の中で誰かと会ってるそうじゃないか? 村の掟を忘れた訳じゃ有るまいな?」
見ればバロンは、突き刺すような視線で其を睨み付けている。全く煙たい奴だ。見てるだけで嫌気がさしてくる。
「某が夜の森で求めているものは獲物だけだ。貴殿が其の友人だと言うのであらば、そんな有りもせね噂を信じるとも思えんのであるか......」
「神に誓ってその言葉に偽り無しと言い切れるのか? それと......これは俺の思い過ごしかも知れんが......お前、最近やたらと色っぽくなってないか?」
もしこの大陸に『セクハラ』と言う言葉が存在したならば、間違い無くそれに触れてると思う。何か一言くらい言ってやりたかったけど、それよりも早くこの卑しき輩と別れたい気持ちの方が遥かに勝っていた。
「神に誓って貴殿に申し上げよう。某は誰とも会わんし、この矢を全て射尽くしたら、真っ先に村へ帰る。貴殿の友情には、心から感謝申し上げる」
「まぁ、良かろう......ならば俺達は先に村へ戻るとしよう。その代わり、今ここで神に誓った事、くれぐれも忘れないようにな。俺はお前が罪人になって欲しくないだけだ。それだけは分かっておいてくれ」
「御意......それではこれにて失敬!」
パッカ、パッカ、パッカ......
バロン達の前から、あっと言う間に立ち去っていく某、イブだった。
一方......
そんなイブの背中を見送った『ダーリン村』の狩人衆はと言うと......
「おいバロン、大丈夫なのか? 本当にイブの心を射止められるのかよ?」
「当たり前だろ。あいつは間違い無く俺に惚れ込んでる。俺と契りを結ぶ前に、しっかり狩りを楽しんでおきたいんだろう」
「お前に惚れてる? そうか? そんな風には見えんけどなぁ......あ、ああ、すまん。今の言葉は忘れてくれ。俺の勝手な妄想だ」
「いい加減にしろ! お前らなんかと話してると、俺までバカになって来るわ。さぁ、とっとと村へ帰れ!」
「帰れって?......バロン、お前はどうするんだ?」
「ちょっと野暮用を思い出した。済ましたら俺も直ぐに帰る」
「野暮用ね。そう......まぁ、分かった。じゃあ俺達は先に帰ってるぞ。あばよ、『ストーカー』バロン君!」
「だ、誰が『ストーカー』だっ?!」
「いやいや、何でも無い! それじゃあな!」
パッカ、パッカ、パッカ......
逃げるようにして村へ帰って行く、常に一言多い狩人衆だった。
全く......あいつらめ。
おっと......いかん! 早く行かないと見失っちまう!......イブ、お前は騙されてるだけなんだ。今日こそ俺があいつの尻尾を掴んでやる! 見てろよ......
パッカ、パッカ、パッカ......
一目散でイブの残像を追い始める孤独な勘違い狩人、イブの天敵バロンだった。