第10話 気持ち......伝わらなかった
一方その頃、何も知らぬモニカはと言うと......
怪しまれぬよう、努めて冷静にコツコツコツ......静かに歩を進めていた。正直、走りたいのはやまやまだった。でも目立つ訳にはいかない。焦るな、焦るな......あたしは、燃え上がる闘志を胸に秘め、行くべきその場所へと向かって、ただひたすらその距離を縮めていった。
あたしの率いる部隊は空軍......正直、今日ほどその恩恵を有り難く感じた事は無い。一旦空へと飛び立ってしまえば、あとはアダム様が居る『大陸』へ一直線だ。
しかし、あたしの専用機『ガルーダ』が待ち受ける『格納庫』までは、巨大な城の中心を潜り抜けて逆側に出なけばならない。その距離を考えれば、まだまだ油断など出来る訳も無かった。なぜなら、国王が変わってしまった今となっては、単なる仮面を被った反逆者に過ぎない自分なのだから......
気付けば、多くの役人、兵士、政治家などが、慌ただしく動き回っている。誰もがある程度予測していたとは言え、国王が亡くなり新たな国王が誕生したともなれば、一時的に混乱が生じるのは当たり前だ。
そんな混乱は、これから無許可で飛び去ろうとしてるあたしに取って、実に好都合な展開と成り得ていた。
これなら何とかいけそうだ......あたしがそんな安易な判断を下した正にその時、残念ながらそれは勃発してしまった......
「おっとモニカ殿、そんなに急いで一体どこへ行かるのか?」
なんと、背後から呼び止められた。ビクンッ! 突如、あたしの身体に電撃が走る。なぜなら、その声の持ち主は陸軍隊長、ゾールだったからだ。よりによって......何でこんな時にこんな奴と会っちゃうんだ......落ち着け、落ち着け。こいつに怪しまれたら、もう終わりだ......
「ああ、ゾール殿か......今、ソニアを牢獄にぶち込んで来たところだ。これからその事を、新国王とベーラ様に報告しに行く。急いで行くのは当たり前じゃないか?」
「おお......確かに貴殿の言う通りだ。ならば某も一緒に参るとしよう。まだまだ城内には、罪人ソニアを慕う輩も少なく無い。ソニアを牢獄へ送り込んだ貴殿に対し、逆恨みの念を抱く者がおらんとも限らんからのう。さぁ、行くとしよう! 某と共に、新国王とベーラ様の元へ」
ゾールと言えば言わずと知れた剣の達人......そして彼の腰には、これまで何人もの命を奪って来た巨大な名剣がユラユラと揺れている。しかも彼は1人じゃ無かった。ゾールと共に何度も死地を潜り抜けて来た名将が、ずらりと後ろに並んでいる。
この者達を相手に、ここで戦うのはちと分が悪い......あたしは即座にそんな判断を下した。何とかここは上手くやり過ごさねば......
「気持ちは有難いが、心配には及ばん。国王が死去したともなれば、どこで謀反が起こるか分かったものでは無い。貴殿は陸軍隊長と言う立場であるが故に、今直ぐにでも街へ出て、治安維持に労を尽くされるのが良かろう。
それこそが新国王への忠誠心の証だと某は思うのであるが、貴殿はどのようにお考えか?」
この時あたしは必死だった。正直、武門の道を選んだ以上、ここで戦って命を落とす事に、何の躊躇も無かった。
ただ、今の自分の命は、決して自分だけのものでは無い。ソニア様、そして未来ある『ゴーレム国』の未来が自分の背中に重くのし掛かっている。と言う訳で、ここは是が非でも命ある形でこの窮地を乗り切らなければならなかった。
「既にブラッド隊が街の治安維持に繰り出してる。そんな事は貴殿が心配する事でも無かろう。それとも何か? 某が付いて来ると、何か不都合でも有ると申されるのか?」
どうやら、この男は是が非でもあたしの行動を邪魔したいらしい。見れば、右手が剣の束に触れている。さては既に、あたしの行動が見抜かれてるって事か......ならば、この男を騙そうとしても無理って事だ。作戦変更、余儀無しってとこだな......
「ゾール殿......貴殿とは幼少の頃より、共に『ゴーレム国』を守り通すと誓い合った仲。某はこれから、ソニア様に掛けられた誤りの罪を正す為、『大陸』へと単身、飛び立つ事に決めた。その行為こそが、我が『ゴーレム国』を守る事に直結すると某は確信している。
貴殿が誇り高き『ゴーレム国』の忠義なる士である事を信じ、敢えて言わせて貰う。ここは黙って某を通されるが良かろう!」
それは正に、一か八かの賭けだった。なぜなら、自らの腹の中を敵になるか味方になるかも分からぬ人間に、さらけ出す訳なのだから......
ゾールは言わずと知れた忠義なる士である。そしてその者を取り巻く部隊の者達も、決して例外では無い筈だ。
思った通り、部隊は俄にざわめき始めた。この場面、一体自分達はどう行動すればいいのか?......面々の顔を見ていれば、迷いが生じている事くらいは容易に想像出来る。
結局のところ......最終ジャッジを下すのは、やはり隊長たるその者しかいない。やがてゾールは満を持して、たった一人の『謀反者』に判決を下す。モニカに取って、それは正に息を呑む瞬間だったと言えよう。
「罪人ソニアを助ける為に『大陸』へ渡るだと?! なんと罪深い事を......者共、この謀反人モニカを引っ捕らえろ! 逆らったら殺しても構わん! 容赦するな!」