第9話 おお神よ......
「モニカ......分かりました。もう泣きません。あなたに全てを託す代わりに、私もこの後どんな仕打ちを受けても、必ずや耐え抜いて見せましょう。真のアダムの事......何卒、宜しくお願い致します。あなたならきっと出来る......いや、絶対に出来る筈です!」
一国の王妃だった私が、牢獄の中から三つ指を立てて従者モニカに頭を下げて見せました......その行為こそが私の並々ならぬ覚悟の現れだったのだと思います。一方、そんな大命を託されたモニカは、片膝を地に落とし、更なる言を続けました。
「きっとベーラは後の憂いを絶つ為、真のアダム様を亡きものにしようとする筈です。真のアダム様が生存のうちは、ベーラも枕を高くして眠る事は出来ません。ベーラが送る刺客よりも先に、大陸へ渡る事が重要です」
「確かに......あなたの言う通りです」
城から送り出される刺客ともなれば、名だたる強者であるに違いない筈。そんな者達よりも先にアダムを見付け、しかもその者の命をモニカ1人で守りながらこの『ゴーレム国』に連れ戻さなければならない。......それが如何に難儀な事であるか? それを知らぬ私では有りませんでした。
でもこのモニカならきっと......幼少よりこの者の強き気質を目の当たりにして来た私だからこそ、そう信じる事が出来たのかも知れません。若干18才にして、空軍隊長の座へ上り詰めたこの者の武運を、私はただ信じるばかりでした。
やがてそんなモニカは......
「それでは行って参ります!」
そして私は、
「次に会う時は、笑顔であなたを迎えます!」
再会を約束し、一旦は離れ離れとなる2人でした。
薄汚い牢獄......
薄暗い牢獄......
不潔な牢獄......
今私が居るこの場所を説明するとしたら、凡そそんなネガティブな言葉しか頭には浮かんで来ません。裕福な家庭に生まれ、国王シーザーに見初められてから今日に至るまで、そんな言葉とは一切縁が無かったこの私......
でもこれからは違う。ここが私の『家』と思って慣れなければなりません。薄汚れてあちこちが綻んだこのドレスも、きっとこの『家』ではお似合いだと思うようにしました。
モニカの旅立ちを見届けて、やっと私は精神状態が落ち着いて来たのかも知れません。すっかり疲れ切っている事に、漸く気付いたのでした。私は汚れ切った地べたに、躊躇なく腰を下ろしました。その時、それは起こったのです......
コツコツコツ......
突如、上階から階段を下りてる足音が。どうやら神は、私に一息つく僅かな時間すら与えてくれるつもりは無かったようです。
まさかモニカが戻って来た? 私が不安に駆られながら階段を見詰めていると、やがて人の影が浮き上がって来ました。薄暗くてよくは見えないけど、身体の形からして、それがモニカで無い事は明らかでした。
モニカでなければ、一体誰が......錆び付いた鉄格子を両手で強く握り締め、その人影を睨み付けた正にその時、
「あら、ソニア......大した様ね。フッ、フッ、フッ......」
ふてぶてしく、憎悪に満ちたその口調......聞き誤る訳も有りませんでした。私の哀れな姿を見下ろしながら、勝ち誇ったような笑みを浮かべるその者は他でも無く、
「ベーラ!」
その者でした。
気付けば、いつの間に私は立ち上がっていました。身体は俄に震え始め、血が逆流しているかのような感触に囚われ始めます。
一体何しにやって来たって言うのよ!......まさか、あたしを嘲笑う為だけにやって来た訳でも無いでしょう......
「ベーラ......あなたの悪事が長く続く事は有りません。直ぐに天罰が下ります。覚悟しておきなさい!」
あたしはまだ諦めてなんかいやしない。絶対にあんたなんか認めない! そんな気持ちを込めて、力強く言ったつもりだったんですけど......
「あら随分と強気ね。もしかしてモニカを頼ってるわけ? それなら無駄よ。何であたしがモニカにあなたの護送を任せたのか分かる?」
ベーラの答えは、あまりに私の想像していたものと、かけ離れていました。それと同時に、一旦は晴れ間を見せた私の心に、再び暗雲が立ち込めた事も事実でした。その時、私は動揺を隠そうと必死だったのを覚えています。
「そ、それは......あなたがモニカを一番信頼してたから......」
「バカね、その逆よ。さっきあたしが新国王即位の宣言をした時、モニカだけは不穏な態度を見せてたわ。だから試したのよ。
この牢獄で話す事は、全て隣の看守室に筒抜けなの。もう分かるわね......今頃、ゾール隊とブラッド隊が裏切り者のモニカを引っ捕らえてる頃よ。どう? まだ強気でいられるかしら?」
な、なんと!......全て見透かされてたって事?! この悪魔に、私とモニカは踊らされてただけって事なの?!......ダメだ。もう終わった......
おお神よ......私はもうどうなっても構いません。でも私の大事なアダムだけは、どうかお救いください......
果たして神はこの悲劇のヒロインに愛の手を差し伸べるのか、それとも見て見ぬ振りをするのか......現時点でそれを図り知る者など、誰一人として存在する訳も無かった。