第2話 名医だった
正直私......最近少し疲れているのかも? などと、たまに思ったりもしてしまいます。とは言っても、別に身体の調子が悪い訳じゃ無いんです。もしかしたら......子育ての事で、精神が参っていたのかも......なんて。
「ベーラ、私はちょっと寝室で休みます。あなたも少し休んだら如何? これからも頑張って貰わなければならない大事な身ですから。倒れられでもしたら大変ですからね」
「ありがとうございます。それでは、このリビングを少し掃除した後、少しゆっくり休ませて頂きます」
「そうして。それじゃあ私は」
ギー、バタン。
ベーラに暇を告げ寝室の扉を開けると、疲れたなどと言ってはいられないような事態が巻き起こっている事に、突然気付かされてしまう。
「うううっ......」
なんと! 国王シーザーがベッドの中で、悲痛の表情を浮かべているではないか。
「ちょっとあなたどうしたの?!」
「む、胸が......苦しい......」
これは只事じゃ無い! その表情と顔色を見れば、凡そその程度の事は容易に判断がつくものです。私はこの時、嫌な予感がしてなりませんでした。なぜなら、アダムにはまだまだ時間が掛かる......そんな風に思った矢先の出来事だった訳なのですから......
「ちょっと大変! 誰か? 誰かおらぬのですか?!」
すると、
「どうなさいましたか?!」
きっと私の上げた声で、異変に気付いてくれたのでしょう。ベーラが慌てて駆け付けて来てくれました。
「大丈夫です。シーザー様は少し心の臓が弱っているようです。今すぐ知り合いの名医を呼び付けますから、ソニア様はシーザー様の手を握っていて下さい。きっとご安心されると思いますよ」
「わ、分かりました。あ、あなたが頼りです。良きようにお願いします」
「承知致しました」
どうしよう......もし今シーザー様が死んでしまったら、この『ゴーレム国』はどうなってしまうの? アダムはまだまだ若いし、私なんか国政の事など何も分かりはしない。どうしたらいいの?! どうしたらいいの?!......もう私の頭は、完全にパニック状態。ただ右往左往する事くらいしか、出来る事は有りませんでした。
一方こんな頼りなき王妃に対し、使用人たるベーラは実に落ち着いていました。国王の脈を計り、お熱を計り、毛布を追加し、額に濡れタオルを充てがう......淡々と今出来る事をこなしていってくれたのです。
この人に任せておけばきっと大丈夫だろう......もしこの場に私1人しか居なかったら......そう考えただけでもゾッとするものがありました。
やがて、ベーラが呼び寄せてくれた『名医』が程なく到着すると、国王シーザーの容態は、一気に回復の途へと向かったのです。
名医が到着するまでの時間、凡そ20分。こんなに早く呼び寄せられるなんて......きっと常日頃、私達に何が起きても対応出来るだけの準備をしていてくれてたんでしょう。ほんとベーラの仕事振りにはいつも頭が下がる......わたしは感謝しきりでした。
やがて一通りの対処が終わると、名医はしみじみと語り始めました。
「取り敢えずはこれで一安心でしょう。国王と言うお仕事ともなれば、どうしてもストレスが溜まってしまうもの。ストレスが国王様の心臓を少し弱らせていたようです。
薬をベーラ女史に渡しておきましたので、体調が戻るまでは毎日欠かさず服用するようにして下さい。それでは......次の患者が私を待っていますので。失敬」
パタン。
名医は医療カバンの蓋を閉じると、ベーラと共に急ぎ足で寝室から出て行きました。さすが名医だけに、彼を頼る患者も多いのでしょう......
寝室に1人取り残された私は、自然に国王の顔をまじまじと見詰めていました。
あなた......長生きして貰わないと困りますよ。アダムは12才になったとは言え、まだまだ心は子供です。せめてこの子が国王の資質を持ち合わせるまでは、是が非でも頑張って貰わないと......
私は徐に、窓の外の景色に目をやりました。そんな窓から見える空の色は、いつの間にかダークグレー一色に染まっています。これは一雨来るな......私は思わず眉を潜めてしまう。
それはこの後、『ゴーレム国』に吹き荒れる『陰謀』と言う名の嵐が巻き起こる前兆であった事など、もちろんこの時点で私は知るよしも無かったのです。