第8話 温かい......
「恩返し?」
正直、某は『恩返し』の意味が分からなかった。なぜなら、自分はこの者に恩を売るような事はしてない訳だから。ローブで顔は全く見えないが、会った事など1度も無い筈でござる。
それはそうと、この者......見れば見る程に逞しい。このような強き民は、正直これまでに見た事が無い。しかも某如きを助ける為に、怪我までしてくれて......
何なんだろうか?......この胸のざわめきは......ザワザワ、ザワザワ......他人に対し、こんな気持ちを抱いたのは初めてでござる。
「そんな事よりもよう......残念だったな。それ、あんたの馬だろ?」
え? なに? おや、大変だ! ホース殿が倒れて動かなくなってる! でも何故だ? グリズリーはこの者が追っ払ってくれた筈であるのに......
「ホ、ホース殿!」
ビックリして駆け寄ってみると、ホース殿はニヤリ! 意味深な笑みを浮かべてる。そして次の瞬間には、ピタッ。再び目を閉じていた。どうやら某の為に、また『石』になってくれたようだ。
「ホース殿???」
「馬が死んじまったら、村に帰れんだろう。俺の馬で送ってってやるよ。さぁ、乗って」
ヒヒ~ン......
「か、忝ない......」
その時、某がお礼を言った相手がホース殿であった事は、今更言うまでも無い。この心遣いは自分も見習わなければならないと、つくづく感心仕切りの乙女? いや、もとい狩人だった。
パッカ、パッカ、パッカ......凹凸激しい森の中を、颯爽と突き抜けていく白馬。
揺れる、揺れる......馬の上だから、当然揺れる。揺れるから、どさくさに紛れて、思いっ切りしがみ付いてた。
因みに、これまでの人生でハグした事があるのは養母と養父役の2人だけ。そんな2人の身体はとっても柔らかかった。もちろん、某の身体も柔らかい。
なのに......なんでこの者の身体は、こんなに固いのだ? 多分、ローブ1枚羽織ってるだけなんだろう。この者の肌の感触が、まるで素肌と素肌で触れ合っているかのように、リアル感満載で伝わって来る。ギュ~......某はその逞しい感触が余りに心地よくて、知らず知らずのうちに力いっぱいこの者の身体を締め上げていた。『密着』......そんな行為に関して、今日程までに快感を覚えた事は無い。
少し前から気にはなっていたんだが、某の身体は日を追う毎に変化を見せ始めてる。マミー殿から聞いた話だと、人の身体は全て生きる為に必要なものしか付いていないらしい。
目は見るため、鼻は臭いを嗅ぐため、足は動物を追い掛けるため、手は剣を握るため......それは確かにその通りだ。ならば、最近膨らみ始めたこの胸は一体何のために必要だと言うのだ?
憚ることもせずに言ってしまうが、寝る前にパピーがマミーの胸を揉んだり吸ったりしているのは知ってる。でもそれだけのために膨らんでる? もっと他に大きな役割が有るんじゃ無いかと思えてならぬ......絶対にそうだ。
気付けば某は、そんな膨らみ掛けた胸をその者の背中に力強く押し付けていた。
「あのさ......」
「え? なんぞ?」
「ちょっと......苦しいんだけど」
「え、あ、すまん!」
突然我に返って、力こぶを緩めた。しまった......某とした事が。つい煩悩に走ってしまった......
すると......
「俺は別に構わないよ」
なんたる寛大な言葉を掛けてくれるのだろうこの者は......きっと苦しかった筈であろうに。
「かたじけない......」
某は、手の力を緩める代わりに、今度は大きくて、逞しいその背中に、顔を埋めてしまった。温かい......もはや身も心もフニャフニャになった自分がそこに居た。
『某はイブでござる』などと、仮面を被ったイブはどこかへ消え失せ、今そこに居るイブは、全て有りのままのイブだった。
某はこの人好きかも......
イブは確実に、大人への階段を上り始めていた。