第7話 影はグリズリーよりも強かった
でも本音を言っちゃうと、怖かった......本当に怖かった......だから結局、目を瞑ちゃってた。正直その時、矢を本当に放ったかどうかなんかも覚えてない。ただその後目を開けた時、はっきりと見えたものが有る。それは......
「とうりゃあ!」
バコンッ!
ドカンッ!
「くそったれが!」
バコンッ!
ドカンッ!
「チキン野郎を舐めるなよ!」
バコンッ!
ドカンッ!
ボコボコッ!
えっ? 何事ぞ?
なんか目の前に黒い影が......
凄いスピード、それに凄いパワー! これは一体、どう言うことなのだ?!
間違いない! 黒いローブを纏った『人間』が、太い木の棒で巨大なグリズリーを、ボコボコにしてる。それはまるで、夢でも見ているかのような光景だった。
バコンッ!
ドカンッ!
ボコボコッ!
一向に手を休めようとしないその者の連続攻撃に、流石のグリズリーも、1歩、また1歩と、否応無く後退していく。そして遂には......ガオーッ!(覚えてろよ!)。そんな捨て台詞を吐くと、2匹揃って一目散に逃げ出して行った。
「おととい来やがれ、こん畜生が! め組を舐めんなよ! べらぼうめ!」
正直、何を叫んでいるのかは全く分からない。ただその迫力だけは凄まじかった。
凄い......これが本当に某と同じ『人間』の動き? ローブで全身を包んでるからよくは分からないが、手は2本、足も2本、そして胴体の上には首が有って、その上には頭が乗っかってる。
更に言うと......グリズリーに切り裂かれた左腕のローブの内側からは、ポタポタポタ......真っ赤な血が流れ落ちておる。間違いない......この人は自分と同じ『人間』だ! そんな凄まじき光景を目の当たりにし、某は突如、金縛りが解けたのであった。
「お、お主! だ、大丈夫でござるか?!」
気付けは、そんな声を上げていた。歩み寄ってみれば、傷口がザクロのようにぱっくり割れている。そしてそんな傷口からは、夥しい血液がドクドクと溢れ出ていた。
「別に大した事ねぇって。放っときゃあ、自然に治るさ。こんな傷......」
「己はバカか?! このままにしてたら、出血多量で死ぬぞ!......ちょっと、これで暫く傷を押さえいるがよい!」
某は、即座に自分が纏っていたローブを脱ぎ、手頃な大きさに切り裂くと、直ぐ様それを傷口に当てた。確か......針と糸がポケットの中に入ってた筈......
よし......有った!
「少し痛いが我慢せい!」
「おいおいおい......一体、何するつもりだ? 俺はいって~の大っ嫌いなんだけど」
「童みたいな事を言ってるでない! 己はもう立派な大人であろうに!」
「ま、まぁ......そうだけど」
毎日狩りをしてると、尖った枝で足を切ったりとか、小さな蛇に噛まれたりとか、生傷を負うことは日常茶飯事。消毒液と針と糸は、狩りをする上での商売道具だ。備え有れば憂い無しって事である。
そんな商売道具を手慣れた手つきで駆使してみれば、どんな傷でも瞬く間に融合されていく。最後にもう1度消毒液を吹き掛け、残ったローブの切れ端で腕を巻き上げれば、取り敢えず応急処置はこれでOK。後は自分の村に帰って薬剤師の世話になればいい。
「宜しい、一丁上がりだ!」
「あ、あんがと......」
その者は某に向かって、ペコんと頭を下げた。正直、そんな姿自体が信じられなかった。さっきまで、阿修羅の如くグリズリーと戦っていたその勇姿と、小さくなってペコんと頭を下げるその姿が、どうしても結び付かない。
これが本当に同じ人間? きっと某に限らず、誰もが首を傾げたに違いない。
でも間違い無くこの者は、今某の命を救ってくれた力強き勇者。それは、今縫合したばかりの傷が証明していた。
「あんがと? それは少し筋が違う。お礼を言うのは某の方だ。命を救って頂き、謹んでお礼を申し上げる。貴殿は命の恩人でござる」
「いや、だからそれが違う......俺はこの前の恩返しをしただけだ。まぁ......いいか」