第6話 意地見せたよ
某は石......ホース殿も石......ホース殿が石なら某も石......某は石......ホース殿も石......ホース殿が石なら某も石......某は石......ホース殿......
一体自分は、何度『石』に成り切る呪文を唱え続けた事だろうか? 顔を舐められても、尻を触られても、髪の毛を引っ張られても......何をされても、自分は『石』であるが故に、反応を示す事は無かった。
更にホース殿も、尻尾を引っ張られ、目の玉を舐められ、頭を叩かれても、『石』である事に何ら変わりは無かった。
そんな『成り切り技』が功を奏したのか......やがて2匹のグリズリーは、フンガッ......大きく鼻を鳴らすと、某とホース殿に背を向けてくれたのでござる。『石』と遊んでいても面白く無い事に、漸く気付いたのでは無かろうか。
まだまだまだ......ここで気を抜いたら命取り! グリズリーは未だ視界の中。完全に姿を消すまでは、『石』であり続けなきゃダメだ。
ヨダレだらけの顔を早く洗いたい......などと言うチンケな欲求とひたすら戦い続ける某とホース殿だった。
1メートル......
2メートル......
3メートル......
名誉の為に言っておくが、去り行くグリズリー達の姿を目の当たりにして、気が緩んだ訳では無い。ただ、ただ、余りに運が悪かった......そうとしか言えない悲劇がこの後巻き起こってしまうでござる。
前ばかりを見ていた。たまに横も見ていた。後ろもチラ見程度には見ていた。しかし残念な事に......上だけは見ていなかった。因みに頭の上では木の枝が生い茂ってる。そんな木の枝から......
ポトッ。
スルスルスル......
ゴソッ。
ん? なに? なんか......服の中が......ゴソゴソゴソ......
チュー、チューって......聞こえるんだけど。服の中でさ。
まさか、まさか?、まさか?!......と言う訳で、某はネズミだったら嫌だな何て思いながら、恐る恐る首もとを広げて服の中を覗いて見た。すると......目が合ってしまった。
チュー、チュー、チューッ!
「キャーッ! ネ、ネ、ネ、ネズミッ!」
しかも特大だった。某は自分が『石』である事も忘れ、思わずスクリームしてしまったのだった......不覚にも!
某の突然なるスクリームにビックリしたホース殿も、「ヒヒーンッ!」突如興奮して前足を大きく羽ね上げてしまった。
「あっ?!」
そんなホース殿の咄嗟な動きに、流石の某も反応出来ない。必死にしがみ付いてみたものの、少し遅かったようだ。無惨にも、バサッ! 絵に描いたような落馬を成し遂げてしまう。
それは『石』に成り切っていた某とホース殿が、遂にグリズリー達の獲物へと変化を遂げた瞬間だったと言えよう。
ガルルルルッ!
ガルルルルッ!
うわぁお! こっちに向かって来るでござる! 逃げなきゃいかん! ダ、ダメだ......足に感覚が無い。きっと落馬して足を痛めたんだろう。ああ、不覚......もうダメだ!
きっと自分は、ちょっと狩りが上手くて強いからって、天狗になってたんだと思う......そんな事、今更気付いたところでもう遅かった。
絶望の淵に落とされた某は、最期の意地を見せてやろうと思った。イブ様を舐めんなよ! ってな感じでござる。
ガルルルッ!
ガルルルッ!
そして、5メートル......4メートル......3メートル......
そんな迫り来る殺戮者に向かって、某は大きく弦を引いた。こんな細い矢で一体何が出来るのかって?......正直、そんな事はどうでもいい話である。ただ、敵に背を向けて死ぬ事だけは武士道に反する! どこまでも勝ち気な某だったのでは無かろうか。
そして遂に、その時は訪れた......
ガルルルルッ!!!