第5話 マリア様?!......じゃ無かった
バコンッ......
あたしは大きな木にぶつかって、気付けば仰向けに倒れていた。あちこち身体をぶつけた割には、不思議と痛みは感じない。恐怖とか驚きとか、色んな感情が一気に膨れ上がって、痛みと言う感情をどっかに吹き飛ばしてくれていたのかも知れない。
そんな火急な事態に陥っているのにも関わらず、なぜだか時間が止まる。
ガルルルルッ!
バサッ。
ガルルルルッ!
バサッ。
ガルルルルッ!
バサッ。
ガルルルルッ!
バサッ。
............
............
............
気付けば......辺りは嘘のように静まり返っていた。ザザザザ......鼓膜を刺激するものと言えば、未だ降り続ける雨の音と、ガサガサガサ......そんな雨粒に叩かれる枝葉の音だけ。
あたしは目を瞑っていた。特に意味は無い。ただ怖い......それだけの感情が、瞳を自主的に閉じさせていたんだと思う。怖いから目を閉じていたのに、今度は閉じている事が、逆に怖くなっていく。
どうしたのかしら......なんでこんなに静かなの? あんなにいっぱい居た狼はどこ行っちゃったのよ?! その答えを知る為には、目を開けるしか無い。でも、目を開けた途端に、鋭いキバがガブッ! なんて事もあったりとか......
結局、うだうだ考えてても埒が明かない。そんな当たり前な事に気付いたあたしは、やがて決心を固めた。
せ~の~......パカン。いきなり目を開けた。
途端に、視界の中へと飛び込んで来たものは、鬱蒼とした深い森、激しく降り続ける雨の滴、そしてなんと! 既に事切れた狼達の亡骸だった。
これって一体どう言うこと?! よくよく見渡してみると、1、2、3、4......全部で4匹、動きを止めた狼達の身体に、矢が突き刺さっている。つまりそれって......矢を放った者が居るって事でしょう?!
こんな深い森の中で、しかもこんな夜更けに......一体誰が居るって言うの?
もしかして......マリア様? そうなの? きっとそうだ。マリア様があたしを助ける為に、天から矢を放ってくれたんだ!
えっ、???......ところで、マリア様ってだれ?
正直なところ、そんな名前は聞いた事が無い。もちろん、出会った記憶も無い。でも......その見知らぬ人の顔が頭に浮かんだ事だけは事実だった。悲しいような、寂しいような、切ないような......そんな複雑な表情を浮かべたとにかく美しい顔の人だった。
不思議......なんか、深い深い記憶の奥底に隠れていた人が、急に現れて来たような気がする。しかも人間であって人間で無いような......とにかくそれは果てしなく曖昧な記憶だった。
すると、
「お主、こんな所で何をやっておる? 狼に食い殺されるとこだったのだぞ!」
えっ、なに? 何か今、後ろから声がしたような......もしかしてマリア様が?!
「マッ、マリア様?!」
あたしは無意識のうちに、その名を叫んでいた。そして慌てて振り返ってみると、そこには......
「マリア様? 某はそのような四股名では無い」
なんと、そこには1人のたくましき『狩人』が勇ましく弓を構え、仁王立ちしているではないか! たくましいと思ったのは、別に身体つきがそうだって事じゃ無い。むしろ華奢に見える。ただ何と言うか、風格って言うのか、オーラって言うのか......とにかく存在自体がやたらとたくましく感じた。
多分、あたしと同じ年頃だと思う。たくましきオーラが滲み出ている反面、呆気なさも随所に垣間見る事が出来る。そんでもって......右のおでこにアザが見え隠れしていた。
あら不思議......あたしのおでこにもアザが有る。この人は右であたしは左。マミーの話だと、あたしのアザは『こうのとり』様が運んで来た時、既に出来ていたそうな。正直、この時はそんなアザの共通点について深く考える事もしなかった。