第14話 とりあえずは逃げた
「リラよ......よ、よく聞くのじゃ......『ポロロッカ山』の麓に......1年を通して......紫色の花を咲かせる植物が生息しておる......古い書物には『めしべの奇跡』と書かれておった......
そ、その花を摘み上げ......ゆ、湯で煎じてこの子に飲ませるのじゃ......さすれば、こ、この子の持つ邪悪なる体質を......一時的に抑える事が......出来る。
た、だだし......1回の投薬で、こ、効果は1日......毎晩、寝る前に......飲ませなければならん。しかも......この薬が効くのは......子供のうちだけじゃ......
12才の誕生日を迎える前に、必ずこの子を殺さなければならん......お前に......それが......出来るか? 出来ると約束するので......あれば......この子を育てる事を......認めよう」
バーバ様は苦痛の表情を浮かべ、私に訓戒を与えた。きっと傲慢な私から、赤子を取り上げる事に限界を感じたんだろう。
「分かりました! 天地神明に誓ってお約束します!」
などと勇ましく言い放ったはいいものの、正直、12年後の事なんて、約束出来る訳が無かった。多分、12年間もこの子と一緒に生活してたら、今よりもずっと情が湧いて来るし、殺す何て事出来る訳が無い。でも今は、分かりましたと言うしか無かった。なぜなら......
うっ......うううっ......
バーバ様は、もう虫の息。助けようが無かった、からだ。
バーバ様、ごめんなさい......最後まで嘘付いちゃって。
私はそんな後ろめたい気持ちを押し隠すかのように、バーバ様の手を力強く握り締めた。しかしバーバ様の手はダラン......いつものように、握り返してくれる事は無かった。
気付けば......バーバ様の目からは光が消えていた。遂に逝ってしまった......もう涙が止まらない。うっ、うっ、うっ......
やがて、バサバサバサ......四方から物々しい足音が集まって来る。
「バーバ様! どこへ行かれたのですか? 皆が心配しておられますぞ!」
山の麓から、大勢の足音と共に、そんな叫び声までが響き渡って来た。きっと、姿の見えないバーバ様を心配して、村人達が探しに来たのだろう。
今この子を、村人達に見せる訳にはいかない......さぁ、逃げなきゃ。
私は未だ開き続けるバーバ様の瞼を静かに閉じると、マリア様の像に向かって大きく十字を切った。
どうか......バーバ様が別世界でも幸せに暮らせますように......そして、未来あるこの赤子の生命に神のご加護があらん事を......
タッ、タッ、タッ......
タッ、タッ、タッ......
私はそんな赤子を胸に抱き、必死に走った。向かった先は言うまでも無い。『めしべの奇跡』が咲き乱れる『ポロロッカ山』。この子の命を長らえる紫色の花を求めて......
タッ、タッ、タッ......
タッ、タッ、タッ......
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