第8話 闇夜に消えていく......
気付けば、それまで縦横無尽に略奪、殺戮を繰り返していた自警団の姿は消え失せていた。国士無双のオリバーが臥龍村に付いた事、そして大将たるブルートが切られた事が直ぐに知れ渡ったのだろう。落とし穴に落ちた仲間を見捨てて逃げ出すその様は、正に自警団の象徴的姿と言っても過言では無かった。
この世に生まれつきの『悪人』などは存在しない。生まれたばかりの赤子の心は、例外無く透き通っている。それが『悪』と言う不純物に汚染されていく所以は、この世界の環境、制度が汚れている事に他ならない。
変えなければならなかった......汚れ切ったこの大陸を、この国を、そしてこの世界を......オリバーは、天を見上げた。そしてその目は、驚く程に澄み切っていたと言う。
その夜......
臥龍村の長となったオリバーは、数珠繋ぎにされた30人の捕虜の縄を解き、心ゆくまで酒と飯を振る舞ったそうな。
「2度と背きません」
「生涯、忠誠を尽くします」
皆、その恩義に感じ入り、背かぬ誓いを立てた。臥龍村の兵50人に自警団30人が加わり、この時、オリバーを取り巻く兵の数は80にも達していた。何か事を起こすともなれば、それは正に十分な兵力と言えよう。
やがて皆が寝静まったその頃......
「オリバー様、今こそ自警団を壊滅させる好機と考えます。奴らもきっと多くの兵を失い今頃浮き足立っている事でしょう。今兵の数は80を下りません。この好機を逃さず、一気に攻め入りましょう!」
メラメラメラ......
オレンジ色に染まる焚火越しに、そう語ったのは他でも無い。ジャックだった。
人身売買の事実を知り、モニカの事が気が気でならないのだろう。ジャックとモニカの並々ならぬ関係を、既にオリバーは感じ取っていた。
イブさん......目を瞑れば自然と愛するその者の顔が浮かび上がって来る。この胸の苦しみ......きっとジャックも同じ思いをしてるに違い無い。その気持ち、痛い程分かる......
「兵の数80とは言っても、さっきまで自警団だった連中も多く含まれてる。彼らを連れてく事は大きなリスクを伴う。いつ寝返るか分かったもんじゃ無いからな。あと村の兵達だってまだちっとも傷が癒えて無い。燃やされた家屋の復旧だって有るしな......」
きっと俺が攻め入る事にひよってるとでも思ったんだろう。ジャックは、予想通りの反応を見せて来た。
「そんな悠長な事言ってたら、捕らえられてる若者達が皆内陸の権力者達に売り飛ばされてしまいます! モニカさんはあなたを探しに、命懸けでこの大陸にやって来たんです。いいんですか?! その本意を聞けなくても!」
大層興奮している。恋は人の心を惑わす......きっとそんなまやかしがジャックの心を支配してたんだろう。完璧な人間なんて居やしない。俺だって穴だらけのバケツみたいなもんだ。
とは言っても、実際のところ俺だってモニカさんと会わない訳にはいかなかった。彼女はベールに包まれた俺の出生の秘密を知ってるっぽいからな......
「誰も行かないとは言って無い。むしろ俺の方が真っ先に行きたい位だ。残念ながら、俺は自警団の力を熟知してる。まだまだこの程度の兵力じゃ攻め入ったところで、死人を増やすだけだ。
とは言っても、このままモタモタしてたら、ジャックの言う通りモニカさんは売り飛ばされちまうだろう。その前にどうしても救出せにゃならん。
モニカさんの救出は、俺とジャックの個人的な問題で、村人や兵隊達を巻き込む訳にはいかない。どうだ? 分かるだろ?」
「って事は......」
「俺とジャック......2人だけで行こう。むしろそれの方が動き易いと思わないか?」
「なるほど、そいつは面白い! それで......いつ行きます?」
「そりゃあ、もちろん......」
「「今でしょう!」」
って事で話はすぐにまとまり、
タッ、タッ、タッ......
タッ、タッ、タッ......
闇夜に消えていくオリバーとジャックの2人だった。