第13話 山を越え、海を越え......
「気持ちは有り難く受け取らせて貰う。でも今お願い出来る事は......何も無い」
何となく気付いていた筈なのに......この者の身体を取り巻く、神々しきオーラの存在を。
「俺は今のところ、この砦内を自由に動き回れる。モニカさんが探してる人の特徴を教えてくれれば、俺が調べる事だって出来るんだぞ」
「いや、別に急いでる訳じゃ無いから......自分でゆっくり探すから心配しないでくれ」
もしここが地下じゃなければ......もしほんの少しでも風が吹いてくれたなら、その者の前髪をたくし上げてくれたのかも知れない......
「本当に大丈夫か?」
「あたしは大丈夫。オリバーさんもそろそろ戻った方がいいんじゃない? こんな所にいつまでも居たら、怪しまれるでしょ」
ああ......アダム様、こんなに、こんなにも近くに居らっしゃるのに! なぜあなた様は、自分がアダム! 自分は『ゴーレム国』の正当なる血を受け継いだ王子『アダム』だと、名乗って頂けないのですか......
そして神は、最後まで私達に対し、慈悲の心を示してはくれなかったのです。
「おい、誰か居るぞ! 怪しい奴、そこを動くな!」
残念ながらそこに現れたのは、見回りの警備員だった。
「おっと、邪魔者が入ったようだ。モニカさん、達者でな!」
「さぁ、早く! 顔を見られる前に裏口から逃げて!」
「がってんだ!」
やがて、牢屋への入口が開かれ、バタバタバタ......! 無数の足音が近付いて来たのです。
そのお方がいち早く立ち上がったその時に......それは巻き起こった。ピュウ~......
開かれた牢屋への入口......そこから吹き込んだ風は、正に『神風』だったんだと思います。
長い通路を突き進むそんな『神風』は、地面の土を巻き上げ、そして僅かに灯された松明の明かりを揺らしていきました......
そして最後に......
あたしの前から駆け出し始めたたばかりのアダム様の元へと、進んで行ったのでした。
「オリバーさん、お気を付けて!」
いっそのこと......そんな言葉を掛けなかった方が良かったのかも知れない。なぜなら、時はもう過ぎ去ってしまったのだから......
「了解!」
あたしの声に気付いたそのお方は、なんと、走り去りながら振り返ってくれました。『神風』に前髪をたくし上げられながら......
あの『アザ』は?!......
「ああ......アダム様! あたしは何て過ちを......待って! お願いだから待って! あたしはあなた様の忠なる僕、空軍隊長モニカでございます!」
アダムの残した影にそんな言葉を投げ掛けたところで、決して主の声が戻って来る事も有りませんでした。残念ながら、アダム様は既に、あたしの声の届かぬ所へと、消え去っていたのです
「うっ、うっ、うっ......」
モニカの瞳から溢れ出た涙は頬を伝い、そして手の甲へと流れ落ちていった。
その時モニカが上げた魂の叫び声は、山を越え、海を越え、きっとソニアの元へと、届いて行ったに違いない......