第6話 願わずにはいられない
目にも止まらぬスピードで駆け始めた。向かった先は言うまでも無い。まずは壁に飾られた武器だ!
「なっ、何事だ?!」
「むっ、娘が乱心したぞ!」
予想通りみんな呆気に囚われてる。この隙に武器を手に入れよう! 斧? 剣? 矛? どれを取る?......よし、剣だ!
バサッ! あたしは目にも止まらぬスピードで剣を手にした。よしっ、ここまでは予定通り! 後はこの剣で、悪魔の首を跳ねるだけ!
タッ、タッ、タッ......!
やがて、悪魔までの距離3メートル......
漸く悪魔は、迫り来るあたしの存在に気付いたようだ。今頃狼狽えても遅い。覚悟しろ!
そして、悪魔までの距離2メートル......
今頃になって誰かが後を追い掛けて来ている。きっとブラッドとゾールね。残念だけど、もう手遅れだわ!
そして遂に、悪魔までの距離1メートル......
悪魔の顔がもう目の前に迫り来ている。剣で斬られる事がどんなに痛いものなのか? 身を持って思い知るがいい!
しかし、
予想に反して、
悪魔は、
怯えていなかった。
残念ながら......
楽しそうに......
わ
ら
っ
て
た。
「なっ、なに?!」
パキンッ!
バサッ!
............
............
............
............
それは正に一瞬の出来事だった......正直、あたしも何が起こったのか分からない。ただ間違い無く言える事が3つ有る。
1つ目は、悪魔の化身ベーラが今もなおも余裕の笑みを浮かべていること。
2つ目は、あたしの剣が弾き飛ばされ、敢えなく遠くの壁に突き刺さっていること。
そして最後に3つ目は、あたしの身体が羽交い締めにされ、何者かの剣があたしの首に突き当てられていること。だった......
「ベーラ様、近衛隊長シャネルが蛾の幼虫を捕まえました。処分致しましょうか?」
無念......
どうやらあたしは、悪魔を少し舐めてたみたい......でも今更そんな事に気付いたってもう遅い。多分数秒後には、その鋭い刃であたしの首はバッサリと切られるんだろうな......
でもオリバーさん......あたしは後悔してないよ。やるだけやってダメだったんだもん、しょうがないじゃん! むしろ果敢に戦いを挑んだ自分を誉めてやりたい。オリバーさんもこんなあたしを誉めてくれるよね?......
「そうね......生かしておいても役に立たなそうだし」
ベーラは、親指を一旦上に突き上げた。そして次の瞬間には、親指を真下に突き下ろしたのでした......
やだぁ! 何でこんな事になっちゃったのよ?! あたし、まだ死にたく無い! オリバーさん、助けて!
残念ながら、この時代、そしてこの国には、裁判と言う制度が存在しなかった。全ては独裁者の気分次第。その者が親指を下ろせば、即『死刑執行』だ。裁判が無い訳だから、もちろん控訴も出来やしない。
そして......遂にその時が訪れた。
「畏まりました。容易い事です」
近衛隊長シャネルは、手に持つ剣に力を込めた。きっとあと1秒後には、イブの首が跳ね落ちている事だろう。
あ~あ......終わっちゃった。ごめんね、オリバーさん......
ところが、ピタッ。
............
............
............
............
............
正直、何が起こっているのかは全く分からなかった。だだ近衛隊長シャネルの動きが突然止まった事と、あたしの首がまだ胴体と繋がっている事だけは確かだった。
涙にくれた目で恐る恐る上を見上げてみると、何者かがシャネルの手を押さえ付けている。そしてその者はゆっくりと口を開いた。
「シャネル君、君は誰の首に剣を当ててるんだい?」
「誰のって......ベーラ様に斬り掛かった不届き者と認識しておりますが......」
「違うな......今君が殺そうとしてるのはね......」
「殺そうとしているのは?」
「僕の......『お嫁さん』だよ!」
「「「「お、お嫁さん?!」」」」
???
!!!
ザワザワザワ......
ザワザワザワ......
今、あたしの運命は、間違い無く転換期を迎えようとしていた。首が繋がった事が良かったのか、それともあっさりと切り落とされた方が良かったのか、この先を見てみないと分からない。
これからあたしに取っても、オリバーさんに取っても、そしてこの惑星で暮らす全ての人間に取っても、大転換期が訪れようとしている。
この大転換期が訪れる事により、人類の歴史が幕を閉じてしまうのか、それともこの先数千年に渡って人類が発展を遂げていくのかは、全てあたしとオリバーさん、いや真なる国王アダムに掛かっている事など、現時点であたしが知る由も無い。
だだ願わずにいられない......あたし達の子孫達、即ちこの物語を読んでくれている『あなた達』に、輝かしき未来を受け継げられる事を......