第4話 冷静さ、失ってた
「ちょっと待って! アダムの家に帰って来たんだったら、あんた何か知ってる筈でしょ! 話しなさい。知ってる全ての事を!」
ベーラは突然スイッチが入ったかのように、刃の矛先をあたしに向けて来た。もちろんあたしは知っている。オリバーさんの逞しい身体の事も、端正な顔立ちの事も、そして泉のように澄んだ心の事も......でも何一つ話すつもりは無い。なぜなら、あなた達の心の底には悪魔が潜んでいるのだから......結局あたしは口を閉ざす事に決めた。
「話しなさい!」
「......」
「ベーラ様を怒らせる前に、話しといた方がいいぞ」
「......」
「何黙ってるのよ! 話しなさいって!」
「......」
何を聞かれてもあたしは「......」上下の唇に塗り付けた接着剤を決して剥がす事はしなかった。
すると何を思ったのか? この成金おばさんは、飛んでも無い事を口走り始めた。
「イブとか言ったな......お前、アダムに惚れてるな?」
な、な、な、何でそんな事が分かるの?! ヤ、ヤバい......顔が燃えるように熱くなって来た。これじゃまるで、『あなたの言う通り。あたしはアダムに惚れてます』って言ってるようなもんじゃない! ダメだ......あたし完全に動揺してるわ。
「図星って事ね......まぁ、別に話したく無いなら話さなくてもいいでしょう。おい、ブラッド!」
「はい!」
「お前は兵1,000人を引き連れて『オリーブ大陸』へ向かうのです。それで大陸に住む人間を皆殺しにして来なさい!」
「み、み、皆殺し......ですか?!」
「聞こえなかったの? 『み・な・ご・ろ・し』よ。全員殺せば、きっとその中にアダムも混ざってるでしょう。元々役立たずの民衆ばかり。いつかは殺してやろうと前から思ってたとこなのよ。ちょっとその時期が早まっただけの話......それとも何? あたしの指示に従えないって言うの?」
「い、いいえ......滅相もございません。お、仰せに従います」
「宜しい。さすがは『ゴーレム国』が誇る豪傑、海軍隊長ブラッドだわ。直ぐに選りすぐりの1,000人を選抜しなさい。いい? 出発は10日後よ。分かったわね」
「畏まりました。この命に変えましても、天命を全う致します!」
な、何てこと?! 『オリーブ大陸』の人達を皆殺しにするですって?! そ、そんなの有り得ない! ど、どうしよう......あたしのせいでこんな事になっちゃって......
そうだ! オリバーさんはヨットで大海原へ旅立ってたんだ。今この人達が『オリーブ大陸』へ行ったところでオリバーさんが居る訳無い。よし、それを話して『皆殺し』を踏み止まらせよう!
「オリバーさん、いやアダムは『オリーブ大陸』に居ないわ。船に乗って、とっくに旅立ってるの! だから1,000人行こうが、2,000人行こうが、アダムを見付ける事は不可能よ」
その時のあたしは、とことん冷静さを失っていたんだと思う。結果として、アダムさんの情報を一番流しちゃいけない相手に流してしまってたのだから......