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天使は意外と大胆

 ピンク色の二つに分かれたストローに、学園の天使と呼ばれる海原春華は釘付けになっている。しかも中心にはハートマークが入っていて、ラブリーを地でいくタイプだ。


 これは一体どうしたことかと、一番悩んだのは俺自身だった。だってそんな注文した覚えないんだから。そんな時、ふと一階で見た店長の優しそうな微笑が頭に浮かぶ。どうやら、俺達をカップルと間違えてしまい、超がつく程いらないお節介をしてくれたらしい。


「あ、あの……天沢君。それって」


「ん!? あ、ああこれか。いやー、一体どうしてこういう形のやつを持ってきたのか、さっぱり解らなかったところだ。もしかしてオーダーミスかな」


「お待たせ致しました」


 少ししてから二人っきりの空間にまたメイドさんにしか見えない店員がやってきて、『恋の奇跡ケーキ』と呼ばれる苺がこれでもかと盛られたショートケーキを持ってきた。


「あ、すいません! ちょっとストロー間違えてませんかね?」


 俺は咄嗟に去ろうとした店員さんに声をかける。恐らく二十代中盤くらいのお姉さんは、振り向きざまにおしとやかな微笑を浮かべると、


「いいえ。お間違いないはずですよ」とだけ言って去って行った。


 いやいや、間違えてるってマジで。これじゃ俺が望んでこのストローを頼んだみたいじゃないか。


「い、いただき……ます」


 こっちをチラチラ上目遣いでみながら、海原はケーキを食べ始める。どうしていいのか解らないという顔をしている。もしかしたら羊か何かだと思っていた奴が、狼だと気がついたみたいな感じだろうか。彼女はきっと俺のことを友達だと考えてたと思うし、流石に引かれてしまうのも無理はないだろう。


 これはいけない。俺みたいなやつが、学園トップの女子にアプローチなんてして良いワケないし、そもそもするつもりもなかった。いや……それ以前にこれはアプローチになり得るのか? 正直恋愛経験がなさすぎて全く判断できんが、とにかく誤解を解かなくてはいけない。今すぐに。


「なあ、海原」と、まずは気持ちを落ち着かせて話しかける。ピクッと、小さな肩が反応してからまん丸の瞳がこちらを見据えた。きっと誰しもが抱きつきたくなるような、そんな可愛らしさが自然と出ている。


「ちょっと誤解しないでほしいことがあるんだが」


「な、何? 何の話?」


「このストローを、俺は本当に頼んでいない。本当だ。このメロンジュースは、確かに一人だけで飲むつもりでいた。間違いなく、たった一人で」


 最後は噛み締めるように言葉を続ける。学園の天使は大好物であるケーキを食べることを忘れて話に聞き入っていた。正に真剣そのもの。


「た、たった一人で? ホントに?」


「そうだ! 俺がたった一人で飲むつもりだったんだ! 死ぬ程喉が渇いててさ」


「そんなに強調しなくても良くない?」


「え? そ、そうか」


「うん。解ったよ。天沢君の気持ち。あ……でも」


 海原は何かを考えるように前屈みで俯いた後、スーッといつもの優等生らしい背筋を伸ばした姿勢になった。大体は解ってくれたらしいが、何かまだ引っかかるようだ。


 急に暑くなってきたので、俺は鞄からハンカチを取り出して忙しなく顔を吹き始める。どうやら誤解が解けた感じなので、安心してきたせいかもしれない。


「私、ちょっと喉乾いちゃったかも」


「え? 水ならそこにあるぞ」


「ううん。その、水じゃあこの乾きは潤せないかなーって」


「何言ってんだよ。じゃあなんだったら潤せるんだ」


「メロンジュース」


 ピタッと、俺は動きを止めてしまう。全く想定していない答えだった。


「え? な、なんで」


「私メロンジュースが飲みたい」


「そっか。じゃあ別にいいや。やるよ」


 俺はスッとメロンジュースのグラスを彼女のそばに押し出す。捧げ物を眺める天使は予想外の行動に出る。なぜか少しだけグラスを前に出して——つまり俺と彼女の中間地点に——ストローを細くて柔らかそうな指で支えた。


「ううん。一緒に飲もうよっ」


「なっ!? な、何言ってんだ」


「だって天沢君、死ぬほど喉が乾いてるってさっき言ってたでしょ」


「い、いや! もう乾きは無くなった」


「嘘! 天沢君は飢えてるよ。このままじゃ干からびて死んじゃう!」


「死なねえよこのくらいで! ちょっと待て、こういうのってカップルがするんだぞ! ……多分」


 自分で言ってて自信がなくなってきた。海原なら解ってるんだろうが、なぜ一緒に飲もうとか言い出すのか理解できねえ。いつもはにこやかな感じなのに、さっきからずっと真顔だし。


「カップルじゃなくてもするよ。……きっと。きっとそう! ほ、ほら! 天沢君」


「お、おいおい」


 そうか。海原のやつ、俺がいきなりこんな展開にしちゃったもんだから、ちょっとおかしくなっちまってるな。きっと正気じゃないんだ。しかしどうしたらいいんだと考えていると、彼女はとうとうストローに桃色の唇を近づけた。そして恥ずかしそうな上目遣いのまま、俺が口をつけるのを待っている。


 は、反則だ。自分の中から込み上げてくる衝動が抑えきれなくなり、俺もまたゆっくりとストローに口を近づけていく。実はこのカップルストローは、枝分かれした部分がちょっぴり短い。だから想像していた以上に、顔も近づいてしまうわけで。


 こんなに間近で彼女の顔を見たのは初めてで、俺はあまりの可憐さに思わず息を呑んだ。透き通った肌は赤く染まり、同じ人間とは思えないくらい透明感を感じる。きっと恥ずかしくて仕方ないのだろう。そして俺がこのストローを吸い込むまで待っている。


 やばい、このままじゃ本当にどうにかなってしまいそうだ。この先を続けるのは本当にまずい。もしかしたら野獣と化した俺が、ストローを振り払って唇を奪ってしまう可能性もある。このストローで一緒にジュースを吸ってしまったらきっと戻れない。宝石みたいに光ってる瞳が、困惑しているようにずっと待ってる。そこで俺は一つ思いついた。


「あ……海原!」


「え? どうしたのっ」


 ビクッとした感じでストローから口を離した海原からなんとか視線を外したままで、俺は遠くを指差して。


「見ろよ。すっげえ綺麗な蝶々が飛んでる」


「え!? どこどこ」


 天使は立ち上がると、まるでヒーローの登場に興奮した子供みたいにキョロキョロし始める。今だ!


「ねー。何処にもいないよ。天沢く、」


 ずちゅううううう! 吸え! 今こそ吸いきれ。頑張れ俺の口という天然バキュームカーよ!


「ああー! ちょっと! 何してるのっ。ずるいー」


 海原がストローを掴もうとした瞬間、タッチの差で俺はメロンジュースを飲み干した。あー良かった。


「すまん。喉が乾きまくってたんで、つい」


「もう! どうして一人で全部飲んじゃうの!? 天沢君のバカ! バカバカ!」


 ポカポカと肩を叩かれたが、全く痛くなかった。むしろ妙に心地良かった夕暮れ時。お互いおかしくなってしまったが、その後俺達は何とか無事にケーキ屋さんから出ることができた。ここまでドキドキしたのは、多分人生で初めてだ。

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