【7】※最終話
最終話です。
「あのぅ、伊川さん!」
横にいる新藤が──今までは伊川さんに対して、上から目線な言い方をしてた新藤が──なぜかとっても爽やかな口調で、伊川さんに話しかけてる。
「君こそ、僕が求めてた、理想の女性だ。ユーチューブでも、ずっと君を追いかけてた。ぜひ僕と付き合ってほしい」
──はぁっ!?
新藤は、池田 華美と付き合ってるんじゃなかったのかー?
新藤は、まるで『君と付き合うのに一番相応しいのは僕だ」と言わんばかりの、自信満々な態度だ。
周りを囲む男子からは、不満の声が湧きあがる。
「えーっ、新藤ずるい!」
「伊川さん、新藤じゃなくて、僕と付き合ってよ!」
「バカ、お前じゃ新藤に敵うわけないだろ」
「じゃあ、僕は?」
「お前はもっと無理ー! 鏡見てから出直して来い!」
伊川さんは周りの声には聞こえないふりをして、新藤の顔をじっと見つめて、そしてすっと席から立ち上がった。
──え?
どういうこと?
新藤は、告白が受け入れられたと確信したのか、満面の笑顔になる。
もしかして……伊川さんは、やっぱり僕みたいな地味なオタクじゃなくて、新藤みたいなイケメンがよかったってこと?
──ショックだ……
そう思ってたら、伊川さんは突然新藤に向かって、深くお辞儀をした。
「新藤君、ごめんなさいっ!」
「えっ?」
新藤は呆然としてる。まさか自分が振られるなんて、思ってもみなかったかのように。
でも良かった。ホッとした。
呆然とする新藤と僕の間をすり抜けるようにして、伊川さんがクラスメイト達を押しのけて、人の輪の外に出ようとした。
──ん? どこに行くのだろう?
そんなのんきな気分で僕の横をすり抜ける伊川さんを眺めてたら、いきなり手首を彼女にガシっとつかまれた。
──えっ? な、なに……?
僕が言葉にならない言葉を発してるうちに、伊川さんに引きずられて、人の輪を抜け切った。
取り囲んでたクラスメイト達は、何が起きたのかよくわからない感じで固まって、呆然と伊川さんを眺めてる。
「こんなんじゃ自習にならないんで、自習時間が終わるまで、ちょっと逃げてきまーす! 以上、『淡き今』でしたーっ!!」
伊川さんが可愛い顔に笑顔を乗せて、動画で見たとおりの明るくとぼけたような声を出した。そして僕を引きずったまま、教室の出入り口から廊下へと飛び出した。
僕達が廊下に出て一瞬、間があってから、教室内から「ええーっ?」とか叫ぶ声が聞こえてきた。
「なんで桔梗丘がーっ!?」
「羨ましい〜っ!!」
──なんて声も聞こえる。
だけど僕達が廊下を走って教室から離れていくから、その声はどんどん小さくなっていく。伊川さんは僕の手を引いたまま、廊下から階段を降り始めた。
「い……伊川さんって、ホントに『淡き今』なの?」
「うん……まあね」
ちょっと照れて僕をチラッと見る伊川さんの顔が、超絶可愛い。
ああ……画面で何度も見てきゅんとしてた、あの『淡き今』の顔だ。
あの可愛い顔が、今僕の目の前にいる。
「ところで、どこ行くの?」
「まあとりあえず、校舎の裏の庭にでも行って、避難しときましょ」
「新藤のことは……いいの?」
「なにが?」
「だって、新藤に告白されてたのに、断ってたよね」
「えっ? どういうこと? 私は桔梗丘君と付き合うって答えたでしょ?」
それはそうだ。まぎれもない事実。
だけどあれは、『淡き今』という超人気者で、超絶美少女だってことを隠してる伊川さんだから、僕の告白を受け入れたのかも──と思う。
つまり隠れ蓑として、僕を受け入れたと。
こんなに人気者で可愛い伊川さんが、地味で平凡な僕と付き合いたいなんて……思うはずがない。
「それこそ伊川さんのセリフじゃないけど、チョロい僕で我慢なんかしなくてもいいよ。伊川さんはあんなにモテるんだから……」
こんな僕のセリフに、伊川さんは眉を八の字にして、悲しそうな表情で僕を見た。
──ああ、そんな表情もなんて可愛いんだ。
「桔梗丘君は、ホントにそれでいいの……? 私が他の人の所に行ってもいいの?」
でも伊川さんは──やっぱり伊川さんだ。
別に超人気者で、超絶美少女だから好きになったんじゃない。
優しくて、真面目で……そんな伊川さんを、僕は好きになった。
まぁそれに、これだけの美少女だってことが付け加わったら、それはそれで僕としてはめちゃくちゃ嬉しいんだけど。
──これが本音だな、うん。
「……嫌だ。やっぱり嫌だ」
「うん……良かった。私は、桔梗丘君で我慢してるんじゃない。桔梗丘君だから、付き合いたいって思った」
「ホントに?」
「ホントに」
「嬉しい。めっちゃ嬉しいよ」
「桔梗丘君……私はね、ホントは前から桔梗丘君のことが好きだったんだ……」
「えっ……? マジ?」
「うん、マジ」
信じられない。
信じられない。
信じられない。
「だから、いくら他の人が私と付き合いたいって言っても、絶対やだ」
──なんという嬉しいお言葉。
見た目が超絶可愛くて、そして優しくて誠実で性格もいい。
そんな女の子は、フィクションの世界にしか存在しないと思ってた。
伊川さんが天使に見える。
舞い降りてきたエンジェル。
天使様の降臨だ。
その天使が、今、手を伸ばせば届くところにいる。
「だから一昨日言ったみたいに、これからよろしくお願いしまーす!」
急に明るい声を発した伊川さんは、僕の手首を握っていた手をすっと上にずらして、両腕でぎゅっと僕の二の腕に抱きついてきた。
「ふぇっ?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
なんだか柔らかいものが、僕の二の腕に当たってるんですけど……?
──あまりに嬉しくて、頭の中が真っ白だ。くらくらする。
なぜこんなに可愛くて、そして大人気ユーチューバーの伊川さんが、僕なんかを大好きだって言ってくれるのか?
なぜ伊川さんは『淡き今』であることをみんなに内緒にして、普段は地味を装ってるのか?
そして『淡き今』であるってことがバレてしまった伊川さんと僕が、この先どんな付き合い方をするのか?
そんな疑問が次から次へと頭にぼんやりと浮かんだけど、僕の脳みそは今はそんなことをちゃんと考えられる状態じゃない。
とにかく伊川さんも僕を好きだって言われて、伊川さんとこれから付き合うことができて、そして伊川さんが実はめちゃくちゃ美人だってわかって──
僕の腕にしがみつく伊川さんの超絶可愛い笑顔を見てると──
僕の頭の中は伊川さんで、一杯になってしまってる。
何もまともに考えられないくらい──僕は幸せだ。
ああっ、幸せだーっ!!
== とりあえず一旦 ==
< 完 >
最後までお付き合いいただき、ありがとうございましたm(__)m
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※本作品は長編化やアフターエピソードの余地を残すため、伏線未回収のまま一旦完結させていただきました。申し訳ありません。