【5】
【誤字のご報告とお詫び】
第3話、4話に出てきた超人気ユーチューバーの名前ですが、記載に一部間違いがありました。
正しくは『淡き今』です。(11月6日 23時頃、既に修正済み)
上記時間よりも以前に3、4話をお読みいただいた方々には混乱を招きまして申し訳ありません。
謹んでお詫び申し上げます。
田中が伊川さんになんの話をしてるのかを把握するために、僕はゆっくりともう少し彼女の席に近づいた。
田中の背中と、きゅっと唇を結んで黙り込む伊川さんの顔が見える。
彼はスマホを取り出して、画面を伊川さんに見せた。
「ほれ。これがその証拠だ。トイレから地味なカッコで出てきたのは、間違いなくお前だろ。そしてこれが、その前の写真。お前が動画を自撮りで撮影してるところだ。全然違う派手な衣装を着てるけどな。これはコスプレって言うヤツか?」
伊川さんはそのスマホを見て、驚いた表情を見せた。
分厚いメガネでよくわからないけど、ぽかんと口を開けてる。
うーん……いったいなんの話をしてるんだ?
「これってあれだろ? ユーチューブ。俺の兄貴が言ってたぞ。動画でお前のコスプレを見たことがあるって。俺はそんなの見ないから良く知らないけど……あれって儲かるらしいじゃん。ウチ学校はバイト禁止だぞ。知ってるだろ?」
ユーチューブ?
伊川さんは、動画配信なんてやってるのか?
この前趣味の話をした時には、なにも言ってなかったけど……
動物好きの伊川さんのことだ。
ウサギやら可愛い動物の動画でもアップしてるんだろうか──?
「バ……バイトなんかじゃ……ない」
「ふーん……とぼけるのか? いいよ。黙っててやるから、俺に奢ってくれよ」
はぁっ? なんで伊川さんが、田中なんかに奢らなきゃいけないんだよ。
さすがにこんなことを田中が伊川さんに言うのは、いくら大人しい僕でも黙っていられない。
「な……なぁ、田中。やめろよ。伊川さんが嫌がってるじゃないか」
「はぁっ!?」
田中が急に僕の方に振り向いてギロっと睨んできたけど、田中の向こうでは伊川さんがホッとした顔で、僕に視線を向けて微笑みかけてくれてる。
僕の目は、怖い田中の顔よりも、伊川さんの笑顔に焦点が合ってる。
──よっしゃ! 伊川さんの好感ポイントゲットだ!
きっと白馬に乗った王子様が助けに来てくれたと、目をきらきらと輝かせてるに違いない。──分厚いメガネのせいで、目は見えないけれども。
「なんだよ桔梗丘。おめぇは関係ねぇだろ」
「関係ないって……僕らは……」
ここまで言いかけたけど、さすがにいきなり『付き合ってる』と言うのはまずいな。
──そう思い直した。
「僕らは同じクラスメイトだ」
うーん……我ながら、間抜けなセリフだった。
「はぁっ? そりゃそうだろ。じゃあ俺も伊川さんのクラスメイトだ。クラスメイト同士の楽しいおしゃべりに口を出すな」
田中はニヤッと笑った。『じゃあ俺もクラスメイト』って……
どうだ俺、うまいこと言ったろ? ──ってな感じでドヤ顔してる。
でも田中……うまくないからな、全然。
「な……なにが楽しいおしゃべりだよ……伊川さんは嫌がってるじゃないか」
「はぁっ!? 桔梗丘、てめぇ、何を偉そうに言ってるんだ? 弱っちいオタクのくせによぉ。お前なんか、黙ってスマホでもいじってろよ」
眉間に皺を寄せて、威嚇するような田中の目つきの圧が半端ない。
しょ……正直びびる……。めちゃくちゃ怖い。
だけど──僕がここで勇気を振り絞らなきゃ、誰が伊川さんを助けるっていうんだ。
「田中……嫌がる女子にメシ奢れなんて、立派な脅迫だぞ」
「きょ、脅迫? 何言ってるんだ桔梗丘。お……俺は脅迫なんかしてないぞ。伊川が校則違反するのを注意してるだけだ」
明らかに田中は動揺してる。脅迫という言葉が効いたみたいだ。
よし! ──手ごたえありだ。
「校則違反?」
「そうだよ。コイツ、ユーチューブに動画配信して、小遣い稼ぎしてやがるんだ」
「そんなの校則違反でもなんでもないんじゃないか? 趣味の範囲だろ」
田中はユーチューブの仕組みとか、あんまり理解してないみたいだ。
だからこんな的外れなことを言ってるんだな。
「いや、兄貴が言ってた。再生回数が多いと結構な大金が入るらしいじゃないか。それは校則違反のバイトと一緒だろ?」
「いや……それはバイトとは違うだろ」
「はあっ? そうか? 俺は同じだと思うぞ。なんなら先生に訊いてみるか?」
先生に訊く?
それはマズいかも。
もし本当に伊川さんが動画配信で大金を得てたとしたら、校則違反じゃないにしても、学校から伊川さんが注意を受けるかもしれない。
席に座ったままの伊川さんは、僕に向いて強張った顔を小さく左右に振ってる。
学校に知られたらマズいと思ってるんだ。
いや……田中はニヤニヤ笑ってる。
教師に目を付けられてるこいつが先生に言うなんて、多分単なる脅しだ。
「先生に訊くなら訊いてみろよ。その代わり僕は、田中が伊川さんを脅迫してたことを先生に言うから」
「えっ……?」
田中がぐっと息を飲み込んだのがわかる。
よしよし、今のセリフが効いてる効いてる。
今まで田中みたいな怖いタイプの男と口でやり合うなんて、僕にはできっこないと思ってたけど──伊川さんのためだと思ったら、案外やれるもんだな。
──うん、これぞ、愛の力だ。
田中はクッと息を飲み込んだあと、急に教室中を見回して、みんなに聞こえる大きな声を出した。
「なぁみんな! 動画配信で大金を稼ぐなんて、校則違反だよなぁ! 伊川がそんなことをしてたんだって!」
──マジ?
なんだ?
こいつ、ヤケクソになったのか?
自分がやり込められて、その憂さ晴らしか。
なんてヤツだ!
「待てよ田中。なんでみんなに言うんだよ?」
「桔梗丘が──オタクのくせに──校則違反じゃないなんて言うから、みんなに訊くのが一番だろ? クックック……」
なんだコイツ?
オタクは関係ないだろ。失礼なヤツだな。
ぐるっと教室を見回してみると、遠巻きに見てるやつら、知らないふりをしてるやつらばっかで、誰もが無反応。
まあ無反応でいてくれるのが一番助かる。
──って思ってたら。
「そりゃあダメだなぁ、伊川。今は色々問題動画とかあるし、学校に無許可で大金を稼ぐのはマズいんじゃないか? まぁ、ホントに大金なんて稼げてるのか、疑問だけど?」
勘違いイケメンの新藤がしゃしゃり出てきた。
──おいおいおい。なんでいきなり、ここでお前が正義感ぶる?
「ちょっと新藤君。そんな、至極真っ当なことを言ったら、伊川さんがかわいそうでしょ? 彼女、泣きそうな顔してるし。フフッ」
「いやいや池田さん。僕は曲がったことが嫌いな男なんでね……」
「あらあら、私は弱いものいじめを黙って見てられない女よ」
こら新藤。性格がひん曲がった男が、何を言ってるんだ。
結局、池田 華美に気に入られたいだけじゃないのか?
池田 華美も伊川さんを助けるって言うより、いい人ぶりたいだけだろ。
二人とも、伊川さんや僕をカースト下位の人間だと思って、バカにする態度がありありだ。
──いやこれはひがみなんかじゃなくて、ホントに尊大な態度でムカつく。
僕は伊川さんに、笑顔で話しかけた。
「なあ、伊川さん。大金って……ほんの小遣い稼ぎだよな」
「えっ? ……そ、そう。小遣い程度……」
「おいおい伊川。嘘つくなよ。俺の兄貴が言ってたぞ。お前のコスプレ、『淡き今』とかいう芸名でやってるんだろ? 凄い再生回数だから、何十万円……下手したら数百万円稼いでるって兄貴が……」
「あ……『淡き今』!? 伊川さんがっ!?」
僕は田中が話してる最中にも関わらず、思わず大声をあげてしまった。
伊川さんが『淡き今』だって?
いやいやいや、それはないでしょ。
僕の叫び声が教室中に響いた途端、教室中が大きくざわめいた。