魔馬車 5
墜ちていく間、オデュセウスは何度もそう繰り返した。
やがて全てが消えた。
「起床! 進発の時刻である! 起床!」
振れの声に、オデュセウスは飛び起きた。
既に辺りは明るく、進発の準備が始まり、騒がしかった。
オデュセウスはしばらく状況が飲み込めなかったが、やがて
「夢か」
と理解した。
全身がぬめるような汗にまみれ、息苦しさがまだ残っていた。
軍人は人殺し稼業である。
軍に入った頃は毎日うなされていたし、最近でも時々見る。
今日もそのたぐいなのだろうと思った。
「まあ多少、いつもよりは不気味だったがな」
夢の事はやがて忘れて、出発の仕度をした。
戦場は東へ移動した。
バルダ領内に踏み込み、バルダ西側国境の拠点ザーグ砦の攻防となる。
背後をザーグ山に囲まれ、正面からしか攻め入れない。
しかも正面には川が流れており、渡河する間に多くの犠牲が出る。
難攻不落の堅城である。
オデュセウスは七年前、一度この城を攻めたことがある。
その時も将軍はバルザムで、敵将ドバイルに惨敗した。
それがきっかけで国境越えを許したのだ。
しかしドバイルは昨年、病に倒れた。
ドバイルなきバルダは、バルザム率いるホルツザムに容易く押し返された。
ドバイルがいれば、先日の戦闘もあれ程簡単ではなかったはずである。
「卿らも知ってのとおり、まずは渡河である」
バルザムは攻撃前夜、作戦を発表した。
まず未明、少数の部隊で川のはるか上流と下流から二手で渡り、夜明けと同時に狼煙を上げ、対岸の守備兵を、まずは上流から奇襲する。
同時に川を渡りはじめる。
頃合で二度目の狼煙を上げ、下流から奇襲。
これで時間を稼ぎ、先鋒隊が渡河を終え、川沿いの守備兵を掻き乱す。
さらに本隊が渡河し、対岸を制圧する。
この後で破城棍隊を渡河させ、攻城戦に入る。
「なるほどこれは、死ぬかも知れん」
内心オデュセウスは思った。
掻き乱すと簡単に言っても、対岸には二千の兵が守りを固めている。
しかも渡河戦。
退いても生きては帰れまい。
半ば無謀に近い。
だがこういう決死隊としての死に方なら、悪くなかった。
どうせこれぐらいしか方法はないのだろう。
ならば将軍の賭けを引受けてやろうと思った。
夜が過ぎ、黎明になった。