魔馬車 4
死をさらに凶悪にしたような、あるいは限り無い数の死か、あるいはそれらが死にながら生きている様な、あらゆる戦場でも感じた事のない気配だった。
オデュセウスは腰の短剣で振り向きざまに、決死の思いでその気配を薙払った。
「おお、怖いねぇ、ひゃっひゃひゃ」
短剣は空を切った。
オデュセウスの全身から冷たい汗が噴出す。
「何者だ!」
「お告げの魔導師、ぐらいでどうかねぇ」
そこには、墨の様に黒い影がいた。
ぼろ布をまとった人間のような何かだが、少なくとも人間とは思えなかった。
その影を中心に、怨霊が渦を巻いて見える気がした。
腹の底から震えが込み上げてくる。
歯がガチガチと鳴り、止められない。
「英雄オデュセウス隊長、お前さんに予言してやろう」
頭の中に直接声が響く。
何千年も生きた老人の様にしわがれ、深い洞窟のように低く木霊する。
「次の砦攻めで、お前さんは死ぬ。
憐れよのぅひゃひゃひゃ」
「だ、黙れ!」
「黙っても同じさ、死ぬんだから仕方がないひひひひ、魂だけなら生き残るすべもあるがねぇへへひひひ」
影の化け物は、懐らしき所から赤くぎらぎら光る小さな玉を取り出した。
「お前さんにこれを埋め込んでやろう」
赤い玉が黒い影の手元からふわりと離れ、オデュセウスの心臓めがけてゆっくりと飛んで来る。
オデュセウスは金縛りにあったように動けない。
「やめろ! やめてくれ!」
赤い玉は燃える様に光り、目の前を覆い尽くす。
指先程の大きさのはずだが、飲み込まれる。
ついに玉はオデュセウスのあばらにめりこんだ。
焼き鏝をあてられた様だ。
オデュセウスは叫んだ。
まるで断末魔だった。
じりじりと心臓が焼け焦げる。
全身が激しく痙攣した。
意識が赤い光と無限の闇の渦に支配される。
だというのに、恐怖だけはますますはっきり強くなる。
突然、辺りが闇と沈黙に包まれた。
「これでよし。
もうお前さんはいつ死んでも大丈夫。
きちんと魂を回収してやるよ。
うふふひゃははは」
どこかに果てしなく墜ちていく。
黒い影が去っていくのがわかる。
「あぁ、死ぬのだ」