魔馬車 3
ファリアヌスは少し首をかしげ、寄り目気味の目を敵意で満たしながら近付いてきた。
「貴様の様な、チッ、下賤の者が、チッ、讃えられるなど、チッ、我がホルツザムも、チッ、堕落したものだ。
チッチッ」
チッと舌打ちする時、ファリアヌスの左頬は激しく引きつる。
こうした舌打ちや動作は、いらいらした時の癖だった。
オデュセウスとファリアヌスは十年前、同期で軍に入っている。
かたや貧しい農民兼兵士の家庭に育ち、かたや伯爵の子息である。
オデュセウスは軍人生活のほとんどを最前線で過ごしてきたのに対し、ファリアヌスは貴族の肩書きのためにある親衛隊で過ごしてきた。
住む世界が違うのだ。
オデュセウスは戦場で仕事をし、ファリアヌスは宮廷でダンスパーティをする。
それが互いの仕事だと、オデュセウスは思う。
だがファリアヌスには、自分より下賤の者が称讃されるのが許せないらしい。
「私はただ、自分の役目を果たしたに過ぎません。
今日の勝利は、バルザム閣下をはじめ、全員で掴んだものと心得ております」
「そうだとも貴様の功績など取るに足りぬ。
肝に銘じておけ!」
金切声で叫び、ぎらつく目でオデュセウスを睨み付け、ようやくファリアヌスは立ち去った。
チッチッと舌打ちをし、その度に後ろ姿の首がひくひく動いていた。
「放っておきなさい、隊長」
声を掛けてきたのは、先鋒隊副隊長のオゾスだ。
オデュセウスよりもいくつか年上で、ずんぐりした髭面のいかつい男である。
「そうですね」
「どうせ宮廷でも、あんまりうだつが上がらないんでしょうよ。
でなければあの歳で親衛隊にいる理由がない。
そんなことより、隊の連中探していますよ。
行きましょうや」
オデュセウスはオゾスの言葉に多少救われた。
「そうですね、行きましょう」
その後しばらく宴は続いたが、戦場のこと、深酒にならない頃合で触れが回り、夜営の天幕へ引き上げることになった。
オデュセウスが陣地の片隅で独りになり、自分専用の小さい天幕を広げていると、突然背後に異様な気配を感じた。