魔馬車 2
オデュセウスは馬上振り返り、よく通る声で隊員達に声かけた。
銘々、返り血にまみれた凄まじい形相ながら、自信にあふれている。
この隊はこの先も当分勝ち続けると確信できた。
また自分達が勝てば、自軍の勝利も確実だろう。
意気揚々と本陣に戻ると、喝采が待っていた。
オデュセウス隊は全員馬上で槍を高く掲げ、整然と本営に向かった。
本営前には将軍バルザムが出迎えていた。
オデュセウスは隊を止め、颯爽と馬を降り、将軍の前に進む。
古式ゆかしく騎士の礼にてひざまずいた。
「先鋒隊五十名、全員無事役割を果たし、帰還いたしました」
「大儀であった」
バルザムは今年で七十になる歴戦の名将だ。
オデュセウスが生まれた頃には既に母国ホルツザムの英雄だった。
老いてなお堂々たる体躯に、長い白髪、眉間に刻まれた深い皺と射ぬくような眼光が印象的だ。
夕刻までに、盆地での戦闘はホルツザムが勝利し、バルダ軍は戦場を離脱した。
損害は、バルダが半数以上、ホルツザムはわずか二百名余りだった。
数での優位に加え、軍の強さ、特にオデュセウスらの活躍が目立った。
夜には祝宴が開かれた。
バルザム主催によるもので、そこでもオデュセウスは絶讃された。
「さすがはオデュセウス、将来我がホルツザム軍を率いるのはお前だ」
バルザムをはじめ、多くからそう声かけられた。
だが内心オデュセウスは複雑だった。
名誉な事には違いない。
だが、所詮軍人は人殺しだし、大軍を率いる自分の姿も想像できない。
大軍を率いれば、今よりもっと多くの人を殺すことになる。
また、功績は自分だけの活躍でもない。
自分はただ、先鋒隊長の役割を果たしたに過ぎない。
隊員全員が修羅となった結果であり、敵より多くの兵を用意できた結果であり、正しい布陣と戦術が実行された結果である。
そんな背景の中で自分だけが讃辞を受ければ、嫉妬も出るだろう。
果たしてそれは、宴の終り頃にやってきた。
「運が良かったな」
バルザムの親衛隊に属するファリアヌスだった。
長めの金髪を目の前に垂らしている。
最近年齢に従ってその髪が傷み、ややうすくなりがちだ。
オデュセウスと同じ二十八歳、ホルツザム帝国子爵位を持つ貴族だ。
小柄で、兵士とは思えない貧弱な体型だ。
普段鍛えていないのだろう。
顔には、天然痘の痕が赤く残っている。